フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
普段は他人の問題に、自分から踏み込むようなことはない。めんどくさいしどうでもいいからだ。興味もないのに、余計な仕事を増やしたくない。
 
けれどどうしてか今は少し気になった。
 
普段の優秀な彼がミスを繰り返すのはなにか理由があるはずだ、という今までなら考えなかったことが気になる。
 
目の前の後輩が今までのようにバカな他人ではなく、自分と同じ人間に見える。

「や、業務の方は大丈夫っす」
 
少し戸惑いながら彼は答える。
 
ホームに電車が入ってきて、乗り込み並んで吊り革を持つと言いにくそうに口を開いた。

「プライベートがガタガタだったっす」

「プライベートが?」

「はい、えーっとその、同棲してた彼女と別れて……。向こうの浮気でかなりゴタゴタしたので」

「……それは、大変だったね」
 
プライベートのゴタゴタ? ふざけんなよ、そんなことくらいで仕事に支障をきたすな、社会人失格だろ……といつもの倫なら思っただろう。
 
でもどうしてか今はそんな風には思わなかった。
 
身に覚えがあったからだ。
 
この四日間、楓にしたことへの自己嫌悪を引きずり、小さなミスを繰り返している。どれもこれも些細なもので大事故に発展する前に自ら気がついてリカバリーした。それでも今までこんなことはなかった。
 
——誰かを好きになる。
 
たったそれだけのことで、どれだけ心が乱されるのか。
 
思った通りの行動ができなくなってしまうのか。
 
倫は身をもって思い知った。
 
だから目の前の彼を責める気にはなれない。

「情けないっす。こんなことくらいで」
 
吊り革を持ちがっくりと項垂れる彼の肩に、倫は手を置いた。

「……そういうこともあると思うよ。人間は完璧じゃないんだから。君は普段は優秀だし、そう落ち込まないで。つらい時は、あまりひとりで抱え込みすぎないように」
 
いつもの倫でも、こう言っただろうと思う。先輩の言葉としての正解だ。
 
けれど口にしている今の心持ちは違っていた。
 
気持ちが掻き乱されてどうにもならない時は、誰にでもある。

「ありがとうございます」
 
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