フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
後輩がホッとしたように肩の力を抜いた。
 
微笑んで窓の外、流れる景色を見つめながら自嘲する。
 
えらそうに、と自分自身を罵った。
 
自分は後輩にアドバイスできるようなできた人間ではない。
 
あの日倫は衝動を抑えられずに楓にキスをしてしまったのだから。
 
——あの時の。
 
なぜ完璧な自分を演じているのか?という楓からの問いかけは、本当なら倫にとって、地雷とも言える問いかけだ。
 
聞かれたくないし、触られたくない、痛い場所。
 
実際、本性が彼女にバレた時は過剰なまでにキツく口止めをした。
 
けれどどうしてかあの時は、するすると心が解けて、過去のわだかまりを口にした。
 
今までの自分なら絶対にあり得ないことだった。
 
うっすらと気がついている叔父にすら明確に言葉にしたことはなかったのに。
 
どうしてかあの時は彼女に聞いてほしいと強く思った。
 
完璧な自分を、このままずっと演じ続けるのがあたりまえだと思っていたし、そうしたいと願っていたはずなのに。
 
いつのまにかそれが負担になっているのでは?と気がついたのもあの時だった。
 
話したいし、聞いてほしい。
 
くだらないことで悩み、失敗し、綺麗な心も醜い嫉妬も併せ持つ不完全なものが人間であり、それを面白いと思う楓の前ではそのままの自分でいられるから。
 
本来の自分でいられる心地よさを知った今、完璧を演じ続けることに虚しさを感じ、虚構の自分に対する称賛など嬉しくないと感じている……。
 
——あの時。

『伊東さんが好きです』
 
そう言った彼女の目は、窓から差し込む日の光を映すように燃えていた。少なくとも倫にはそう思えて、心が強く引っ張られた。そして湧き上がる激情に突き動かされるままに口づけてしまったのだ。
 
最悪だ。
 
彼女の言う『好き』は、そういう意味ではないのだと冷静になった今はわかる。
 
だから、自分は最低最悪のことをした。
 
すぐにでも追いかけて謝らなくてはいけなかったし、それができなかったのなら、なるべく早く謝罪するべきだ。
 
倫のしたことで下手をすれば彼女は男性恐怖症になりかねない。
 
リアルな世界はすごいと目を輝かせていたのに、また妄想世界に閉じこもってしまうかもしれない。それを思うと心配で、ギリギリと胸が痛んだ。
 
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