フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜

ハッピーハッピーハッピーエンド!

金曜日の就業時間を回ったフロアは、どこかソワソワとした空気が漂っている。ウエムラ商会は、極力ノー残業が推奨されているので、もはや空席も多かった。
 
山口がパソコンをシャットダウンさせて立ち上がった。大きなバックを担いでいる。最近、近くのジムに通い出したと言っていたから、今日も寄って帰るのだろう。

「お疲れさまです。今日もジムですか?」
 
声をかけるとにっこりと笑った。

「うん、頑張るよ〜!」
 
熱心に通っているのには、シェイプアップとは別のわけがある。
 
あの例の飲み会の後、太田と山口はふたりで飲み直したようだ。そこでお互いの将来の話になった。
 
そしてどうしてそうなったかはまったくわからないようだが、山口は〝三十までに、彼氏ができなかったら太田と結婚する〟という約束をしてしまったらしい。
 
もうあと半年くらいしかないと、慌てて出会いを求めて、ジムに英会話にとここのところ忙しそうだ。

「頑張ってくださいね」

「うん……! 崖っぷちだからね!」
 
こんな会話を気楽にできるようになったが嬉しかった。
 
今だって、会社の中で目立たない存在だということには変わりはない。
 
けれどもう自分は妄想世界の住人でリアルを楽しむ資格はない、なんてことは思わなかった。むしろ現実も妄想も楽しんでいるハイブリッド 人間だと誇らしく思うくらいだ。
 
山口を見送ると、楓は自分も帰り支度をする。チラリとスマホを確認するとメッセージが入っている。

《ごめん、太田さんに捕まった。喫茶店で待ってて》

 準備して植島に「失礼します」と声をかけて席を立つ。エントランスに出る前にトイレに寄ると、女性社員数人が化粧直しをしつつ、話に花を咲かせていた。

「あーやる気出ない。今日の飲み会のメンバー微妙じゃない? 私、営業の安西さんって苦手なんだけど」

「わかる、ちょっとえらそうだよね」
 
これから飲み会に向けてコンディションを整えているようだ。

「ねね、伊東さん来るのかな?」

「や、来ないらしい」

「まじで〜! 誘ってたんじゃないの〜?」

「それが断られたんだって。きっぱりはっきり」
 
楓は素知らぬふりで用事を済ませながら、耳をダンボにした。

「そういや伊東さんっていえば、最近ちょっと変わったって聞くけど本当?」
 
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