フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
午後七時。
事務処理を終えて、フロアの社員たちに「お先に失礼します」と声をかけて席を立つ。
ウエムラ商会は堅実経営かつ超ホワイト企業。比較的残業の多い営業部でももう人はまばらだ。
フロアからエントランスにかけて、あちらこちらからかかる「お疲れさま」の声ににこやかに答えながら会社を出る。
ひとり暮らしのマンションまでは電車で二駅。最寄り駅の改札を出ると、倫はようやく肩の力を抜いた。
マンションまでの道筋の途中、路地裏にある無骨な木の扉を押す。中はBARになっている。
マスターが倫に気がついて髭を揺らした。
「ああ、倫、いらっしゃい。お疲れだね」
「うん、お疲れ。なんか食べるもんある?」
「オムライスとハヤシライスがあるけど……」
「ハヤシライスでお願い。疲れた……」
気安いやり取りを交わすのは、マスターが倫の叔父だからだ。
BAR『ゆらゆら』は、不動産収入で生計を立てている 叔父が趣味でやっている店。客は常連客だけという安心感もあって、平日の夜、予定がない時はよくここに寄る。
「ビール飲むかい?」
「ありがとう。 ったく、なんでもかんでも俺に聞いてくんなよな」
カウンターの端に座りだらっと突っ伏した。今日はあれからも何人かの後輩が、倫にアドバイスを求めにやってきた。
倫はそれにいちいち丁寧に答えてやったのだ。むろん相手のためではなく、適当に答えて自分の評価が下がるのは嫌だからだ。
「ちょっとは自分の頭で考えろよ」
今日は他に客がいないのをいいことに遠慮なくぼやく。気兼ねなく本音を口にできるのは、ここと自宅だけだ。
「あまり頑張りすぎないようにね」
まるで小さな子にでも言うかのような叔父からの言葉に、倫は苦笑する。
「普通だよ、むしろ周りが異常」
「でもこの前社長賞も獲ったんだろ? ウエムラ商会は社歴が長いから営業もベテラン揃いって言ってたじゃないか。倫はまだまだ若手なのに」
「俺なら、それくらいはできて当然」
目の前に置かれたビールをグイッと飲んだ。
「まぁ倫が優秀なのは昔からだけど、あんまり無理するな。仕事はともかく自然体でいられないから疲れるという部分もあるだろう」
当然叔父は、倫が外では性格部分を含めて完璧人間を演じていると知っている。
「裏表くらい誰にでもあるよ、なにも俺が特別じゃない」
「だけど倫のそれは側から見るとちょっと心配だなと思う時があるよ」
そう言って叔父は厨房に入っていった。
本音と外面が大きく乖離した倫の人格は、生まれ持った能力に加えて、育った環境も影響していると思われる。
物心がつく頃には父親はいなかった。
母は輸入雑貨を扱う会社を経営していてとにかく忙しい人だった。
一番古い母の記憶は『倫、ママを困らせないでね』と言われたこと。
仕事命だった母は、気まぐれで子を産んだものの、子どものことに煩わされる のを嫌がる人だった。
事務処理を終えて、フロアの社員たちに「お先に失礼します」と声をかけて席を立つ。
ウエムラ商会は堅実経営かつ超ホワイト企業。比較的残業の多い営業部でももう人はまばらだ。
フロアからエントランスにかけて、あちらこちらからかかる「お疲れさま」の声ににこやかに答えながら会社を出る。
ひとり暮らしのマンションまでは電車で二駅。最寄り駅の改札を出ると、倫はようやく肩の力を抜いた。
マンションまでの道筋の途中、路地裏にある無骨な木の扉を押す。中はBARになっている。
マスターが倫に気がついて髭を揺らした。
「ああ、倫、いらっしゃい。お疲れだね」
「うん、お疲れ。なんか食べるもんある?」
「オムライスとハヤシライスがあるけど……」
「ハヤシライスでお願い。疲れた……」
気安いやり取りを交わすのは、マスターが倫の叔父だからだ。
BAR『ゆらゆら』は、不動産収入で生計を立てている 叔父が趣味でやっている店。客は常連客だけという安心感もあって、平日の夜、予定がない時はよくここに寄る。
「ビール飲むかい?」
「ありがとう。 ったく、なんでもかんでも俺に聞いてくんなよな」
カウンターの端に座りだらっと突っ伏した。今日はあれからも何人かの後輩が、倫にアドバイスを求めにやってきた。
倫はそれにいちいち丁寧に答えてやったのだ。むろん相手のためではなく、適当に答えて自分の評価が下がるのは嫌だからだ。
「ちょっとは自分の頭で考えろよ」
今日は他に客がいないのをいいことに遠慮なくぼやく。気兼ねなく本音を口にできるのは、ここと自宅だけだ。
「あまり頑張りすぎないようにね」
まるで小さな子にでも言うかのような叔父からの言葉に、倫は苦笑する。
「普通だよ、むしろ周りが異常」
「でもこの前社長賞も獲ったんだろ? ウエムラ商会は社歴が長いから営業もベテラン揃いって言ってたじゃないか。倫はまだまだ若手なのに」
「俺なら、それくらいはできて当然」
目の前に置かれたビールをグイッと飲んだ。
「まぁ倫が優秀なのは昔からだけど、あんまり無理するな。仕事はともかく自然体でいられないから疲れるという部分もあるだろう」
当然叔父は、倫が外では性格部分を含めて完璧人間を演じていると知っている。
「裏表くらい誰にでもあるよ、なにも俺が特別じゃない」
「だけど倫のそれは側から見るとちょっと心配だなと思う時があるよ」
そう言って叔父は厨房に入っていった。
本音と外面が大きく乖離した倫の人格は、生まれ持った能力に加えて、育った環境も影響していると思われる。
物心がつく頃には父親はいなかった。
母は輸入雑貨を扱う会社を経営していてとにかく忙しい人だった。
一番古い母の記憶は『倫、ママを困らせないでね』と言われたこと。
仕事命だった母は、気まぐれで子を産んだものの、子どものことに煩わされる のを嫌がる人だった。