フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
楓が書いていた他の作品には、会社の社員をモデルとした作品がいくつかあった。
 
山口、太田、それ以外にも老若男女問わずたくさんの社員がさまざまなキャラとして描かれていた。
 
みんなどれも、楽しそうに生き生きとして描かれていた。
 
当然のようにどの話もハッピーエンド。
 
それなのになんで俺だけバッドエンド?
 
いや、容赦なくやった口止めの経緯を考えると当然だし、所詮あのメガネの頭の中だけのフィクションだが、それでも『心配になる時があるよ』という叔父の言葉を思い出してしまった。
 
……てことは俺は悔しかったのだろうか?

「くだらねぇ」
 
口に出してみると本当にくだらないことをした、という気分だった。
 
登録したばかりの連絡先に『もういい、今日の話はなしだ』と今すぐ送ればこの気持ちはなくなるだろうか。
 
誰も好きじゃないし、まわりは自分よりバカだと思ってはいるけど、だからといって不必要にいじめたいわけじゃない。
 
でも藤嶋楓のメガネの奥の大きな目を思い出すと、どうにももやもやするのだ。
 
あんな女にどう思われてもいいはずなのに……。
 
とそこで、ポケットのスマホが振動する。確認するとコトマドだった。
 
タップすると浮かんだのは楓の新作だった。

『リン王子とメイドの恋』
 
タイトルを見てふっと笑う。
 
仕事が早いじゃないか。やっぱりこいつは有能だな。
 
もしかしたら倫から課せられた課題をさっさと終わらせたくて雑に書いているのかもしれないが、それでもいい。
 
作品の良し悪しはどうでもいいし、興味もない。こちらとしてもとにかくさっさと終わらせたい。
 
自分からふっかけておいて勝手だが、そう思う。
 
この件が終われば、楓との接触もなくなり、このわけのわからない気持ちともおさらばできるのだ。また一点の曇りもない完璧な伊東倫の人生の道筋を歩むことができる。
 
そんな期待を胸に、倫はタイトルをタップした。
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