フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
本当に、嫌がらせをしているつもりはない。
 
けれどリン王子が、カエデになにをするか思い浮かべるとどうしてもイジワルな展開になってしまうのだ。いくらでも妄想がふくらみ、指が勝手に動いてしまう。

「そんなつもりはないなら、どういうつもりだ。どう考えても恋愛小説じゃないだろ。ただひたすら、いかに王子がクズかを書いているだけじゃないか」
 
おっしゃるとおりでございます。
 
結果カエデは王子に恋をするどころか、幻滅しだんだん嫌いになっている。

「あれじゃ現実と変わらないだろう」
 
不貞腐れたように呟く伊東に、楓は目をぱちぱちさせて彼を見る。思わず噴き出してふふふと笑ってしまう。
 
王子をクズに描くなら現実と変わらない。
 
楓からしたら、まったくその通りなのだけれど、それを本人が口にしたのが面白かった。
 
——変な人。
 
妙に潔いというかなんというか。楓には本性を見せると決めた以上、取り繕う気はないからだろうが、それにしても自分をクズだと表現するなんて。

「なにがおかしい」

「だって、自分のことクズって言ってる」

「……そうだろう、俺はべつに自分の性格がいいとは思っていない。だからこそ完璧な外面を演じてやってるんだ。その方が平和だろう」
 
まるで周りに親切なことをしているかのように言う伊東に、楓はますますおかしくなって笑い続ける。
 
悪魔だ嫌いだという気持ちがほんの少し和らいでいく。
 
自分を正しい、いい人間だと信じてそれを貫くのもいいけれど、自分はクズだ、だからこそいい人を演じているとはっきり言うのも悪くない。
 
というか、こっちの方が楓としては親近感が湧く。

「おい、笑いすぎだ」
 
不機嫌に言われても、もうあまり怖くなかった。

「伊東さんって面白いですね」

「面白い……?」
 
つい本音を口にすると、伊東が怪訝な表情になった。そしてフリーズしている。
 
ややあって、気を取り直したようにコーヒーを飲み「意味不明なことを言うな」と咳払いをした。

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