フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜

倫の誤算

扉を開けるとゆらゆらは珍しく客で賑わっていた。

「ああ、倫。珍しいな土曜日に来るなんて。……どうする?」
 
倫に気がついた叔父に申し訳なさそうに尋ねられる。普段はほとんど客がいないが、月に数回こういう日があって、こんな時は寄らずに帰るようにしているからだ。
 
ここへはリラックスしに来ているのに、人が多いと意味がない。しかも見知らぬ女性客に声をかけられることもあって、めんどうなのだ。
 
でも倫は、黙ってカウンターのいつもの席に座った。
 
なんとなく、このままひとりマンションに帰り、今日という日を終わせるのがもったいないような気がしたからだ。
 
普段ならイラつくはずの他の客の笑い声も、どうしてか今はあまり気にならなかった。

「どこかに出かけてたのかい?」

「……会社の後輩と。スカイツリー」
 
楓をなんと紹介するか迷った末にそう答えた。

「それはお疲れだったね」
 
叔父が労いの言葉を口にして、目の前にビールのグラスを置いた。

「ありがとう」
 
笑い声をあげる客たちに対応する叔父を見ながら、倫は自分の中の違和感をもてあましていた。
 
一日中出かけた身体はそれ相応の疲れを感じている。けれどこれまで倫が経験したデートとは決定的な違いがある。
 
——頭、痛くないな。
 
女性とのデートなど倫にとっては呼吸と同じくらい楽なミッションだ。
 
相手の好みに合わせて完璧なデートコースを計画しそれに沿って粛々とこなすだけの簡単なお仕事。けれどその夜は必ずと言っていいほど猛烈な頭痛に襲われる。
 
会社と違って相手との距離が近く、プライベートの倫を探られる。普段の自分を根掘り葉掘り聞かれることも少なくなく、それを不自然でない程度にかわすのに骨が折れる。
 
一日中、理想の彼氏を演じたことによる歪みが、身体の不調となって表れるのだろう。
 
夕方頃からつらくなり、どうやって切り上げるかばかり考えるようになる。女と別れたらマンションに直帰、シャワーを浴びてベッドに直行、静かに体力の回復を待つ。
 
寄り道なんて、もってのほかなのだ。
 
それなのにこうしてゆらゆらに寄った自分について、なにがどうなってこうなったのかということをビールを飲みながら考えている。
 
——だから、自己分析は嫌いなのに。
 
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