フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
あの時の楓を思い出すと、胸の下あたりの柔らかい場所がキュッと縮む。そしてその感覚に、首を傾げる。
 
なんだ、俺。具合でも悪いのか?
 
女性とのデートによる精神的疲労が、今日に限って頭ではなく心臓にきたのだろうか。
 
だとしたらやっぱり藤嶋楓、只者ではないな、などと考えていると、他の客のオーダーが落ちついた叔父が戻ってきた。

「倫、腹は大丈夫か? せっかく来てくれたのに申し訳ないが、今日はフードがなにもないんだ」

「いいよ、大丈夫」
 
夕食は軽くしか食べてないから、なにか食べないと寝るまではもちそうないと思っていたが、どうしてかあまり食欲がない。腹がいっぱいというよりは胸が……ってやっぱり具合が悪いのか?

「え? マスターさっきオムライスあるって言ったじゃん」
 
角を挟んだ向こう側に座る男性客が声をあげる。

「俺、後で食べようと思ってたのに」

「いやオムライスはあるよ。ただ彼はオムライスが苦手でね。だから彼が食べられるものはなにもないという意味だ」

「へー、マスターのオムライス美味しいのに、もったいないな」

「食べるかい?」

「いや、まだいいや、とりあえずジントニックお願い」
 
そんなやり取りを聞きながら、倫は昼間に楓と食べたオムライスを思い出していた。
オムライスが苦手なのは、味が嫌いというわけではなく、いい思い出がないからだ。
 
持てるエネルギーをすべて仕事に使いたい母は、家の中のことは最小限にしたがった。
 
掃除は外注、料理も極力ケータリング。そんな彼女が作れる数少ない料理がチキンライスだった。ごくたまに気まぐれに出てくるそれが、幼い倫は大好きで、どんな高級料理よりも嬉しかったのを覚えている。
 
でも本当は、そのチキンライスを黄色い卵で包みオムライスにしてほしいと思っていた。けれどそれを言うことはできなかった。言ったらもう彼女はなにも作ってくれなくなる。それがわかっていたから。
 
オムライスを目にすると、その時の満たされない思いが蘇る。今更それをつらく感じているわけではないけれど、子供じみたことにいつまでもこだわっている自分に直面するのが嫌なのだ。
 
けれどそういえば、と思い出す。昼間に食べたあの時は、そんな気持ちにならなかった。
 
うっとりとオムライスを見つめる大きな目が、どんな物語を映し出しているのだろうと、そればかり気になって。
 
……とはいえ、大きな疑問がひとつ残る。
 
なぜ自分はあの店をチョイスしたのだろう?
 
あのカフェのフードメニューがオムライスだけだということをもちろん倫は事前に知っていた。
 
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