フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
それなのになぜ、俺はあの店を予約した?
 
藤嶋楓に恋心を抱かせるというミッションをクリアするのに必要だから?
 
それはそうかもしれないが、スッキリとはしなかった。
 
かつての恋人に有名なオムライス専門店に行きたいと言われた時は、にこやかに、さりげなく、でも断固として拒否したのに……。
 
悶々と考える倫の視線の先で叔父が客の前にジントニックを置く。客がひと口飲んでうなだれた。

「……マスター聞いてくれる? 俺失恋したんだ」

「え、そうなの。あの、同じ社会人サークルの彼女だよね?」

「そう。……他に好きな人ができたんだって。それからサークルでも気まずいし、本当最悪」
 
倫と同世代と思しきその客を倫は知らなかったけれど、どうやら常連客のようだ。叔父はある程度の事情を把握していた。

「それはつらいね。確かそのサークルも彼女の希望で一緒に入ったんじゃなかった? 登山サークルだっけ」

「そうそう、俺、体力ないから運動は苦手なんだけど。彼女の喜ぶ顔が見たくてさ」
 
なにか引っかかるなこのやり取り、と倫はビールのグラスを見つめながら考えていた。
 
苦手だけど、彼女の喜ぶ顔が見たかったから。
 
——もしかして……今日の俺?
 
あのカフェを選んだのは、単純に楓の喜ぶ顔を見たかったからか?
 
いやいやまさか、そんなはずは。
 
百歩譲って喜ばせたかったのは認めよう。けれどそれはあくまでもミッション達成のため。
 
それ以外の理由はない……。

「マジで悲しい。マジでつらい。だけど最後に曖昧にごまかしたり浮気したりもなく正直に言ってくれたのはよかったけど」

「いい子だったんだね」
 
叔父の言葉が効いたのか、ジントニック男はカウンターに伏せて肩を揺らし嗚咽を漏らしはじめた。

「うん……いい子だった。彼女だけが俺のことわかってくれたんだ。彼女の前では俺、本当の自分でいられた。そしてそんな俺を彼女は受け止めてくれた、だから恋しちゃったんだよ。うう……」
 
泣くなよこんなところで情けないな、と思いつつ、倫は再び妙な引っかりを覚えていた。
 
まてまてまて、今なんて言った?
 
ビールのグラスを掴んだまま心の中で首を傾げる。
 
彼女の前では本当の自分でいられる? 
 
受け止めてくれるから恋に落ちた?
 
なんか覚えのある関係だな……。
 
本当の自分を見せられる、まるで自分と楓のような……と気がついたと同時に愕然とする。

「まさか」と「だからか」というふたつの感情に襲われる。
 
嘘だろ?
 
もしかして俺は、藤嶋楓のことを……?
 
いやいやいやいやあり得ない。
 
だって藤嶋楓だぞ?
 
経理課の座敷童子に、ウエムラ商会ナンバーワンのこの俺が⁉︎
 
ビールグラスを握りしめどうにか平静を装うが、心の中はフランス革命状態だった。
 
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