フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
胸騒ぎの延長戦
楓のお願い
「あー、やっとここに来れた。忙しすぎて心が死ぬ」
楓の斜向かいのデスクで太田がげんなりとうなだれる。
「てか、ここに来る必要ないからね? 心が死んでるなら自席で自力で回復して」
隣の席で山口がサンドイッチの袋をビリッと破った。
お昼休み、今日は自家製おにぎりがないため外へ買いに行こうとしている楓は、準備しながらふたりの会話を聞くともなく聞いている。
「そんなこと言ってーぐっちゃんだって俺と話さないと休んだ気しないでしょ」
「あんたと話すと休んだ気がしないのよ。企画課に戻りなよ」
「そんなイジワル言わないでよ〜! あそこにいたら、いつ伊東が来るかとハラハラするんだよ」
唐突に出た名前に、楓はコートを着ながら無意識のうちに耳を澄ませた。
「それのなにがダメなのよ」
「あいつ仕事の鬼なんだよ。抱えている仕事、俺が遅れないかちょくちょく確認しにくるんだって」
「それはあんたが一回締切を破ったからでしょ。伊東くんがかけられた迷惑を考えたら当然。……だけど鬼ってことは、結構厳しく催促されるの? だとしたらあの伊東くんの意外な一面」
山口は、伊東の名前が出たことで、太田との会話に意義を見出したようで、やや前のめりになった。
「ちょいSとかだったらそれはそれで。そこんとこ詳しく」
「いや、厳しいとかではない。逆に他のやつより優しいくらい。俺が取りこぼしてるところもさりげなく拾ってくれたりしてさ、アイディアに行き詰まってるなら、息抜きしましょうとか言って、コーヒー持ってきたりする」
「どこが鬼なのよ神じゃん! あんたバチがあたるよ」
「いやいや、だから怖いんだよ。今あいつどれだけ案件抱えてると思う? 超絶忙しいはずなのに、個々に振った仕事まで細かく把握してるなんて。何者だよ」
「忙しいんだ……」
そこで楓は呟いた。ここのところ伊東のことばかり考えていたから、思わず心の声が漏れてしまった。
ふたりが、会話をやめてこちらを見た。
まずい、と思うけれど、いつもと違い声に出している以上、ごまかせない。
「なに、子リスちゃんは王子が気になるの?」
太田が口を尖らせた。
「え、子リス?」
「藤嶋さん、伊東くんと業務でかかわりあるもんね。東京クラフトさんの件」
山口の言葉に楓は乗ることにする。
「そ、そうです。渡さなきゃいけない書類があって……」
社内メール便で送るつもりだった急ぎでもない書類を取り出してそう言うと、太田が面白くなさそうに「ふうん」と言った。
「俺が渡しておこうか。午後も打ち合わせ入ってるし」
「じゃあ……お願いします」
書類を渡して立ち上がり、席を離れる。
「余計なことすんなし」
「いや俺は、子リスちゃんを守る会の会長だから」
「意味不明」
ふたりの会話を背中で聞いてフロアを出た。
危なかった。
ヒヤヒヤしながらエントランスを出ると外は冷たい風が吹いていた。
楓が伊東のことを気にしているからといって、個人的に連絡を取り合っているなんて思いもしないだろうけれど、万が一、ということもある。用心するにこしたことはない。
気を抜くとすぐに緩みそうになる頬を意識して引き締めながら、コンビニを目指す。鼻歌を歌いたいくらいだった。
楓の斜向かいのデスクで太田がげんなりとうなだれる。
「てか、ここに来る必要ないからね? 心が死んでるなら自席で自力で回復して」
隣の席で山口がサンドイッチの袋をビリッと破った。
お昼休み、今日は自家製おにぎりがないため外へ買いに行こうとしている楓は、準備しながらふたりの会話を聞くともなく聞いている。
「そんなこと言ってーぐっちゃんだって俺と話さないと休んだ気しないでしょ」
「あんたと話すと休んだ気がしないのよ。企画課に戻りなよ」
「そんなイジワル言わないでよ〜! あそこにいたら、いつ伊東が来るかとハラハラするんだよ」
唐突に出た名前に、楓はコートを着ながら無意識のうちに耳を澄ませた。
「それのなにがダメなのよ」
「あいつ仕事の鬼なんだよ。抱えている仕事、俺が遅れないかちょくちょく確認しにくるんだって」
「それはあんたが一回締切を破ったからでしょ。伊東くんがかけられた迷惑を考えたら当然。……だけど鬼ってことは、結構厳しく催促されるの? だとしたらあの伊東くんの意外な一面」
山口は、伊東の名前が出たことで、太田との会話に意義を見出したようで、やや前のめりになった。
「ちょいSとかだったらそれはそれで。そこんとこ詳しく」
「いや、厳しいとかではない。逆に他のやつより優しいくらい。俺が取りこぼしてるところもさりげなく拾ってくれたりしてさ、アイディアに行き詰まってるなら、息抜きしましょうとか言って、コーヒー持ってきたりする」
「どこが鬼なのよ神じゃん! あんたバチがあたるよ」
「いやいや、だから怖いんだよ。今あいつどれだけ案件抱えてると思う? 超絶忙しいはずなのに、個々に振った仕事まで細かく把握してるなんて。何者だよ」
「忙しいんだ……」
そこで楓は呟いた。ここのところ伊東のことばかり考えていたから、思わず心の声が漏れてしまった。
ふたりが、会話をやめてこちらを見た。
まずい、と思うけれど、いつもと違い声に出している以上、ごまかせない。
「なに、子リスちゃんは王子が気になるの?」
太田が口を尖らせた。
「え、子リス?」
「藤嶋さん、伊東くんと業務でかかわりあるもんね。東京クラフトさんの件」
山口の言葉に楓は乗ることにする。
「そ、そうです。渡さなきゃいけない書類があって……」
社内メール便で送るつもりだった急ぎでもない書類を取り出してそう言うと、太田が面白くなさそうに「ふうん」と言った。
「俺が渡しておこうか。午後も打ち合わせ入ってるし」
「じゃあ……お願いします」
書類を渡して立ち上がり、席を離れる。
「余計なことすんなし」
「いや俺は、子リスちゃんを守る会の会長だから」
「意味不明」
ふたりの会話を背中で聞いてフロアを出た。
危なかった。
ヒヤヒヤしながらエントランスを出ると外は冷たい風が吹いていた。
楓が伊東のことを気にしているからといって、個人的に連絡を取り合っているなんて思いもしないだろうけれど、万が一、ということもある。用心するにこしたことはない。
気を抜くとすぐに緩みそうになる頬を意識して引き締めながら、コンビニを目指す。鼻歌を歌いたいくらいだった。