フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
そう言って、横を向いて呟いた。

「……わざとか?」

「え? わざと?」

「いや……なんでもない。だけど、恋人同士がデートの次にやることなると」
 
彼は言い淀む。そこへ。

「——お家デート」
 
第三者の言葉が割り込んできて、ふたりして視線を彷徨わせる。
 
いつもの女性店員が、食べ終えた定食の皿を下げにきていた。

「へ?」
 
首を傾げているうちに、プロの手つきでささっと片付けランチタイムにサービスでついている食後のコーヒーをふたつ並べた。

「お家デート、じゃないですかね?」
 
にこっと微笑んで、颯爽と去っていった。

「お家デート……」
 
なんて特別な響きなのだろう。
 
確かに外でのデートの次のイベントとして相応しい。ぜひとも体験してみたい。
 
とはいえ、それを伊東が受け入れてくれなくてはいけないのだけれど……と思いながら彼を見て、これはダメだと落胆した。
 
テンションが上がりかけた楓とは逆に、彼は眉を寄せている。困惑しているようだ。
 
さすがにそこまでしてやる必要はないと思っているのだろう。でも優しいところもあるからすぐに断るのもな、と思っているのかもしれない。

「さ、さすがに無理ですよね。気にしないでください。そもそも断られるの覚悟で言ったので、伊東さんが言った通り、この件はこれで終わりに……」

「——今週の日曜日でいいか?」

「へ?」

「土曜日は、クライアントの方とゴルフに行く予定がある。日曜日なら空いてるから。俺の家でよければ」
 
空いてる、俺の家……ということは、もしかしてもしかして、お家デートを実行してくれる?

「楓の都合が悪いなら来週でも……」

「大丈夫です! ありがとうございます」
 
かぶせぎみに返事をする。
 
やった!とテンションが上がるが、目の前の伊東を見て、思い止まる。
 
なんだかがっくりとしているような。
 
いやぐったりかな?
 
げんなり、ではないような……。

「あ……やっぱりこんなことよくないような。無理はしないほうが……私も伊東さんに嫌な思いはさせたくな……」

「嫌じゃない」
 
やけにきっぱりと、遮られた。
 
瞬きをして彼を見ると、彼は咳払いをして息を吐いた。そしてなにやら覚悟を決めたように楓を見た。

「俺の問題だから、気にしなくていい。せっかくの機会だから楓は余計なことは考えずに、楽しむことだけ考えろ」
 
そう言う彼は少しだけいつもの調子を取り戻したように思えた。

「わかりました。楽しみます。よろしくお願いします」
 
いつもと様子が違うのは気になるけれど、彼がいいと言うのだから、素直に受け取ることにする。
 
伊東が、それでいいというように頷いた。
 
それにしてもやっぱり彼はいい人だ。
 
楓の趣味を笑ったり軽蔑したりしないどころか、協力してくれるのだから。こうなってみれば、アカウントを特定されたのを、ありがたいと思うくらいだった。
 
そんなことを思いながら伊東をじっと見つめると、彼は咳払いをして目を逸らした。

「……わざとじゃないからタチが悪いな」

「え?」

「いや、なんでもない」
 
意味不明の呟きに、首を傾げる。
 
楓の視線を避けるようにコーヒーを飲む伊東の向こうで、店員の女性がガッツポーズをしていた。
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