恋うたかるた

　9月も終わりに近くなった第３日曜日の朝、模試に向かう瑞穂を送り出すと、志織は車で４０分ほどの沢田様宅へ向かった。

　平日は渋滞する道路も日曜の午前中は空いていて、マンションの前まで着くと入り方だけ確認してから車に戻り、窓を開けるとエンジンを切った。

　少しずつ秋の気配が感じられるようになってきた気持ちの良い日だった。

　遊びに出かける家族連れの服装も長袖が目立つ。

（家族で出かけることなんてもうないのか…
　受験が終わったら瑞穂をどこか連れて行ってやろう…）

　経済的なこともあって、離婚してからは娘と一緒に出かけるのは買い物くらいしかできなかったが、何も文句を言わない瑞穂が志織は不憫だった。

そんなことを考えているうちに時計は１０時になろうとしていた。

　　

　身だしなみの確認をして志織はエントランスのインターホンを押し、社名と自分の名前を告げた。

「はい、どうぞ」

　落ち着いた男の声とともに、オートドアが開く。

　エレベータで７階まで上がり、『SAWADA』とプレートに表示された部屋のインターホンを押すと待つことなく、ドアが開かれた。



「あっ…　沢田課長…」

　思わず、志織の口からその言葉が飛び出した。

　もしやと思っていた、１５年前当時の上司、沢田順也の姿がそこにあった。


「え？」

　彼は怪訝な顔で一瞬の間を置いてから記憶のページを高速でめくり、眼を見開いて確かめるように訊ねた。

「もしかして松石さん？」

「はい、そうです。　ご無沙汰しております」

「え、どうしたの？　ここで働いてるの？」

「はい、今は」

「そうか…　いや、久しぶりだね…　こんなところで会うなんて」

　いいからまあ入って、と言われて冷静になった志織だったが、作業衣姿で元上司に会ってしまったことが恥ずかしく、できることならすぐにでも逃げ去りたかった。