恋うたかるた

「失礼します」と言いながら部屋に上がった志織だったが、仕事の作業説明を始める前に沢田の質問につかまってしまった。

「いつからここで働いてるの?」

「もう5年近くになります」

「辞めてからどのくらいだっけ?」

「15年くらいになります」

「もうそんなになるか…」

 感慨に耽るような顔で沢田が懐かしんだ。

 15年の歳月が沢田の髪の色をグレーに変えていたが、面影はそのままだった。

 きっと自分も老けたはずだし、昔のように溌溂としたお洒落な姿で会いたかったと志織は少しだけ悲しかった。



「まあ、座れよ、お茶淹れるから」と言う沢田を遮って、志織は努めて事務的に依頼内容の確認や作業手順の説明を行なって立ち上がった。

「ぼく、買い物に出かけてくるから、適当にやっといて」

 沢田が出かけようとするのを慌てて志織が止める。

「あ、お留守は困ります」

「え? なんで?」

「何かあるといけないし、会社の規則ですから」

「そうか… 君を疑うわけないし… 男ひとりと一緒の部屋にいて大丈夫なの?」

 そんな気遣いをしてくれる沢田が昔のままだと志織は思った。



「申し訳ありません、慣れてますから大丈夫です」

「そうか… じゃあ、煙草だけ買ってきてもいいかな?」

「はい、わかりました。 なるべく早くお戻りください」

「わかったよ」

 そう言い残して、笑いながら出て行った彼が戻ってきた時の手にあるのは煙草だけではなかった。



 志織が作業をしている間、北側の玄関の隣の部屋に沢田は籠ったきりで、それは彼が気を遣ってくれているのだと思うと申し訳なかったが、そのおかげで彼女は眼の前のことに専念できて仕事ははかどった。

 それに、業者を呼ばなければならないほど手入れできていないわけではなかった。

(きっと奥様が綺麗にされているのに、どうしてかしら)

 ただ、いろんな用品類がひとり分しか出ていないのが彼女には少し不思議ではあった。

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