恋うたかるた
(離れたくない…)
絵筆で丁寧に絵の具を混ぜるようないつもの優しい愛撫で、フィナーレのための前奏曲のピークをひと月ぶりに沢田の腕の中で何度も迎えたあと、志織は息を整えながら思っていた。
彼がどのように考えているのか知りたかったが、自分から口に出せないでいた。
独立したとはいえ、彼の2人の息子の考えも知る必要があった。
財産のこと、将来の相続問題のこと、結婚とはそういう面倒なものだということを、離婚したときに志織は身に染みて理解したのだ。
もし、元の夫と復縁したとしても沢田と別れることができると思えなかった。
(いっそのこと、今のままの関係でもいいのかもしれない…)
彼の指が志織の躰の上を舞う蝶のように愛おしんで舞う。
戯れる… 戯れる…
羽ばたいては舞い、舞ってはついばむ…
こらえきれなくなった志織が絞り出すように小さな悲鳴を上げた。
「ほしいの… あなたがほしいの…」
間近で見つめられていた沢田を見上げながら、眉を寄せ呻くように訴えた志織に彼がやわらかな微笑みを添えて小さくうなずいた。
『瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ -崇徳院-』
抱きしめられて自分の上で大きく息をする沢田の躰の心地よい重さを感じながら、愛おしい人と今は別れていても、いつかまた一緒になるのだ、というその歌をふと思い出した志織は、朦朧とする意識の中で、今日こそはもう言わなければいけない、と心に決めるのだった。
ー完ー
