恋うたかるた

「お父さん、諦めたみたいね…」

 すっかり暖かくなった大型連休の始まりの日の夕方、食事が終わるのを見計らったように瑞穂が志織に話題を振った。
 
 元夫からの手紙を受け取ってから3週間近くになる。

 拒絶の回答を返そうと思いながら、それを躊躇わせる何かが志織の決断を鈍らせていた。

「何か言われたの?」

「言われてないけど…」

 手紙を読んでいない瑞穂に、志織は何もかも見通されている気がした。

「あたしのことなら気にしなくていいよ、おかあさんの人生なんだから」

「そうね…」


 曖昧にすることが好きでない志織が、この件に関しては珍しく優柔不断だった。
 
 彼女をそうさせているのは沢田の存在であることはわかっていたが、彼と会っていなかったらどうしていただろう、と考えが同じところを巡るだけで答えを先送りしていた。

「何も連絡がないし諦めるか…、って笑ってたよ」

「何が書いてあったか知ってるの?」

「知らないけど想像はつくわ」

 瑞穂が笑った。

「もう誰かいるのか? って聞かれたけど…」

「なんて答えたの?」

「いるみたいよ、って言っといた」

「え? どうしてそんなこと言ったの?」

 志織は慌てる表情をかろうじて隠しながら瑞穂を見つめていた。


「〝しのぶれど 色に出でにけり〟ってやつだよ」

 瑞穂がもう一度今度は声を出して笑った。

「だって、おかあさん、わかりやすいんだもん」

「…」

「だからさ、あたしのことは大丈夫だから、頑張って」

 いつの間にかもう立派な大人になろうとしている娘が志織には眩しかった。


「まだしばらく苦労かけちゃうしね…」
 
「わたしはまだ大丈夫よ」

 フルタイム勤務も志織は何とかやっていけそうだった。



「その人とは仲良くできると思うよ、おかあさんが選んだ人なら…」

 沢田とのことを話した志織に瑞穂は先回りしてそう言った。

「まだ、結婚するなんて言ってないわよ、向こうだってわからないし…」
 
「でもその人を“おとうさん”って呼べるようになるのはちょっと時間かかるかもね」

 瑞穂がまた笑う。

「だからまだそんな話はしてないって」

 照れを隠すように志織も笑った。


 開け放たれた窓のカーテンを揺らして心地よい夜風が入る、母娘ふたりの平和な夜だった。

< 35 / 36 >

この作品をシェア

pagetop