恋うたかるた

 予定の2時間の作業を終えた志織は、沢田がいるはずの部屋を軽くノックした。


「すみません、作業が終わりましたので、ご確認お願いできますか?」

 すぐに沢田は顔を現わした。

「ご確認いただけましたらサインをお願いできますでしょうか?」

「はい、確認しました」

「え?」

 何も見ずに沢田がサインをしようとしたので、志織はあわてて言いなおす。

「ひととおりご確認いただけますか?」

 それを、笑いながら沢田が聞き流した。

「いいよ、信じてるから」

 志織の眼を見て応えるのは昔のままの彼のやわらかい笑顔だった。



 記録写真を撮って退出しようとした志織を沢田が呼び止めた。

「次を急ぐの?」

「いえ、今日は沢田課長… 沢田様のところだけですから」

「じゃあ、せっかくだからちょっとだけいいかな?」

 断る理由もないので志織は、彼に示された食卓椅子に腰を下ろした。


 
「あれからどうしてるのかなと思ってたよ」
 
「さっき、コンビニで買ったんだ」と言われたスイーツを前にしながら、改めて沢田に話しかけられた志織は、結局15年間の経過を少しずつ話すことになった。

「大変だったんだね… 知らなかったよ… 申し訳ない」

「申し訳ないなんて、そんな、とんでもないです」

 おそらく思わず口にした沢田の言葉に恐縮しながら志織は、さっき作業中に感じた不思議を無意識に沢田に訊ねていた。

「ぼくも今はひとりなんでね」

「え!?」

「亡くなったんだよ、5年前に癌で」

 サイドボードの上に、写真があることにその時初めて志織は気がついた。

 2人の息子は、それぞれ就職して大阪と新潟にいるので今は気楽なひとり暮らしだと言う沢田は、もうすぐ部長役職定年の58になるので少しは暇になるな、と笑ったが、志織は彼のその歳には見えない若さを感じていた。


 
「松石さんに直接頼んだらダメかな?」

 別れ際に沢田が志織に訊いた。

「それはできないです。 馘になっちゃいます」

「そりゃそうだ。 でもちょっと考えてみる」

 笑いながら言う沢田の眼が、少しまじめに見えた志織は足早にマンションを後にした。

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