恋うたかるた
暗くなったオフィスの明るい一画で2年先輩の山際美沙とプロモーションの打ち合わせをしている志織のところへ、少し離れた席にいた沢田がやってくると、そのコンテを見ながら志織の頭越しに美沙へ何か言っているが、その声がよく聴き取れない。
志織が見上げた彼は、彼女に一瞬微笑んでから再び山際と話を続けている。
美沙はデスクに眼を落としたままだったが、小さくうなずきながらその顔はわずかに紅味を帯びているように見える気がした。
はっきり聴こえた「じゃあ」と言う声だけ残して、やがて沢田が美沙と志織に笑顔を向けると自席へ戻っていく。
気がつくと、暗い中で何人かのスタッフがデスクスタンドの灯りを頼りにまだ仕事をしていたし、なぜかその中には今の上司の井川眞規子までいたが、まもなく沢田が席を立つと少しだけ遅れて隣の美沙も黙って席を離れ、沢田の入った会議室に向かって行った。
(またわたしは呼ばれない…)
いつも覚える小さな嫉妬を感じたとき、志織は眼が覚めた。
(夢か…)
枕元の時計を見ると、2時を回ったところだった。
(沢田さんの夢を見るなんて初めてかもしれない…)
仕事で尊敬し、憧れてもいた美沙とは毎週のように食事に行くほど仲も良かったが、当時沢田に惹かれていた志織は、その信頼の厚い彼女にいつも引け目を感じていた自分を思い出した。
美沙も沢田も既婚だったので嫉妬する必要はないはずだったが、ふたりの関係を詮索する者もいないわけではなかったのである。
15年ぶりに、昔と変わらない精悍さと穏やかさに一層の深味を感じさせた沢田に思いがけない形で再会し、夢に現れたことで志織は躰が熱くなるのを覚えた。
普段は夢の内容などすぐに忘れてしまうのに、時計の音しか耳に入らない静かな寝室で志織は眼が冴えてしまっていた。
思いがけず再会した沢田の夢を見たことで、彼に寄せていた想いにを改めて気づかされてしまったのである。