近くて、遠い、恋心
 人の気も知らないで佐々木さんと逃げたことばかり責める理人の態度に怒りが湧く。
『じゃあ、あの女は誰よ!?』と言ってやりたい。彼女に呼び捨てにされて、ただの仕事仲間とは思えない。ただ、あの女性のことを追求して、理人の口から"恋人"と言われたら、私の心は耐えられない。きっと報われない想いがあふれ出し、想いをぶちまけてしまうかもしれない。そうなれば最後、私は理人の妹ですらいられなくなる。
 それだけは嫌だ。
 理人の側にいられるなら妹だっていい。
 でも、想いを知られ、軽蔑されて、妹という立場ですら失うくらいなら、恋心を封印しようと決めた心が揺らいでいる。
 理人に恋人がいるかもしれないと考えるだけで、私の報われない想いが叫ぶ。

『愛している』と。

「逃げてなんてない!」
「じゃあ、なんで俺の手を離した!?」
「それは……」

 言えるわけない。
 親しげに声をかけた女との関係を理人の口から聞きたくなかっただなんて言えるわけない。

 視線を逸らし俯いた私の態度が気に入らなかったのか、理人の怒りのボルテージもあがっていく。

「どうせ、恋人なんだろ! 俺に隠れてコソコソと。夏菜にとって俺は、恋人を紹介出来ないほど信用出来ない男なのか?」
「ち、違う!? 佐々木さんは恋人なんかじゃない。さっきも違うって言ったじゃない。お兄ちゃんこそ、私の言葉を信じてくれないの!?」
「あぁ、信じられない。だって夏菜は、俺を兄だと思ってないじゃないか」
「えっ……」
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