近くて、遠い、恋心
「夏菜は、本当に俺を兄だと思ったことは一度もないのか?」

 理人の言葉にドアノブへとかけた指先が揺れる。
 理人を兄だと思ったことはない、か。
 兄だと思えたらどんなによかったか。

「うん。兄だなんて思えなかった」
「そうか……、俺も夏菜を妹だなんて思えなかったよ」

 吐き捨てるように紡がれた言葉が心をえぐる。

 必死に二つの家族を繋ごうと努力していた理人にとって私は悪でしかなかったのだ。
 夏菜という存在さえいなければ、あの歪な家族は本当の家族になれたのかもしれない。

 最後の最後で、理人の本音を知ることになるなんて、神さまはなんて残酷なんだろうか。
 きっと罰なんだ。
 理人への恋心を隠して"妹"という仮面をかぶってまで理人の側にいたいと願った強欲な私への罰なんだ。

 心が壊れていく。
 視界が滲み、あふれ出した涙が頬を伝い落ちていく。
 
 限界だった。
 震える手で扉を開きリビングを後にした私は、私室へと駆け込みベッドへと突っ伏す。
 ひっく、ひっくと布団の中からとめどなく漏れ聴こえる泣き声はいつしか大きなものへと変わっていく。

 慟哭のような泣き声が小さく漏れ聴こえる部屋の扉に背を預け座る人影がひとつ。理人の頬を伝う涙は誰を想い流した涙なのか。

 運命に翻弄され、想いがすれ違い、散った恋。決別を意識した時、運命は動き出す。

 二つの泣き声が重なり夜がふけていく。新しい未来へと。
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