近くて、遠い、恋心
「きっと、夏菜にとっては忘れてしまうくらい些細なことで、覚えてもいないだろうけど……、入部したてのお前は、走ることを辞めようとしていた俺に、『先輩って、本当に走るのが好きなんですね』って言ったんだ」
なんて残酷な言葉なんだろう。
理人の抱える過去も悩みも知らずに放たれた私の言葉はきっと彼を傷つけた。入部したてだからと許されるものではない。
高二のインハイに怪我で出場出来ず、高三のインハイは大学受験で出場出来ない。グラウンドのフェンス越しに見ていた理人はいつも真剣で、真っ直ぐに前だけを見て走っていた。その姿からも、彼が真剣に陸上と向き合っていたことがわかる。きっと断腸の想いで陸上を辞めようと思っていたのだろう。
そんな理人に私は無責任な言葉を投げかけてしまった。好きなものを諦めるほど辛いものはないというのに。
知らなかったで済む話じゃない。こんな無神経な女、好きになるわけない。
積み重なっていく罪悪感で、握った手がブルブルと震える。罪の意識にのまれ沈んでいく私へとかけられた理人の言葉は予想外のものだった。
「俺さ、夏菜の言葉に救われたんだ。『あぁ、心底走るのが好きなんだ。やっぱり、あきらめたくない』って思い出させてくれたのは、夏菜、お前なんだよ。俺は高三のインハイに出場できてよかったと思っているよ」
理人が優しい目をして笑う。でも、その目を直視出来ない自分がいる。きっと、それは高三インハイ後の彼の辿った道を知っているからかもしれない。
理人はその年の冬、大学受験に失敗して浪人生活を送っている。あの時、私があんなことを言わなければ、彼は他の受験生と同じように高三の春に部活を引退して、大学受験に失敗することもなかったのかもしれない。私の存在は、理人にとって悪でしかないのだ。
やっぱり理人への想いは捨てなくちゃいけない。どんなに辛くても理人の側に居てはダメなんだ。
理人の顔を見ていることも耐えられずうつむけばパタパタと落ちた雫が、地面を灰色に染めていく。
「でも……、でも、私がそんなこと言わなかったら、お兄ちゃんが受験に落ちることもなかった」
「はは、何言ってんだよ。陸上を続ける選択をしたのも俺だし、受験に落ちたのも俺の力不足だ。ただ一つだけ言えるのは、あの時、夏菜が背中を押してくれなかったら俺は一生、後悔していたってことだけだ。本当にありがとな」
いつの間にか隣りへと座った理人の手が私の頭をポンポンと撫でる。その優しい手つきが罪悪感で押し潰れそうな私の心を軽くしていく。
なんて残酷な言葉なんだろう。
理人の抱える過去も悩みも知らずに放たれた私の言葉はきっと彼を傷つけた。入部したてだからと許されるものではない。
高二のインハイに怪我で出場出来ず、高三のインハイは大学受験で出場出来ない。グラウンドのフェンス越しに見ていた理人はいつも真剣で、真っ直ぐに前だけを見て走っていた。その姿からも、彼が真剣に陸上と向き合っていたことがわかる。きっと断腸の想いで陸上を辞めようと思っていたのだろう。
そんな理人に私は無責任な言葉を投げかけてしまった。好きなものを諦めるほど辛いものはないというのに。
知らなかったで済む話じゃない。こんな無神経な女、好きになるわけない。
積み重なっていく罪悪感で、握った手がブルブルと震える。罪の意識にのまれ沈んでいく私へとかけられた理人の言葉は予想外のものだった。
「俺さ、夏菜の言葉に救われたんだ。『あぁ、心底走るのが好きなんだ。やっぱり、あきらめたくない』って思い出させてくれたのは、夏菜、お前なんだよ。俺は高三のインハイに出場できてよかったと思っているよ」
理人が優しい目をして笑う。でも、その目を直視出来ない自分がいる。きっと、それは高三インハイ後の彼の辿った道を知っているからかもしれない。
理人はその年の冬、大学受験に失敗して浪人生活を送っている。あの時、私があんなことを言わなければ、彼は他の受験生と同じように高三の春に部活を引退して、大学受験に失敗することもなかったのかもしれない。私の存在は、理人にとって悪でしかないのだ。
やっぱり理人への想いは捨てなくちゃいけない。どんなに辛くても理人の側に居てはダメなんだ。
理人の顔を見ていることも耐えられずうつむけばパタパタと落ちた雫が、地面を灰色に染めていく。
「でも……、でも、私がそんなこと言わなかったら、お兄ちゃんが受験に落ちることもなかった」
「はは、何言ってんだよ。陸上を続ける選択をしたのも俺だし、受験に落ちたのも俺の力不足だ。ただ一つだけ言えるのは、あの時、夏菜が背中を押してくれなかったら俺は一生、後悔していたってことだけだ。本当にありがとな」
いつの間にか隣りへと座った理人の手が私の頭をポンポンと撫でる。その優しい手つきが罪悪感で押し潰れそうな私の心を軽くしていく。