近くて、遠い、恋心
「あれから十年か……、俺も夏菜も大人になったんだよな。海外にはいつ出発するんだ?」
「来年の春……」
「そうか。夏菜はもう――、俺が守るべき存在じゃないんだな。一人で歩いて行ける大人の女性になったんだな」

 眩しいものを見るかのように細められた理人の眼差しとかち合い、その瞳の奥に見え隠れする切なさに心がキュと痛む。
 今、理人は何を思っているのだろうか?
 きっと手のかかる妹を送り出す兄の気持ちなのだろう。そこに、それ以上の気持ちはない。

 理人への想いを今度こそ手放さなければならない。理人を"わたし"という枷から解き放つのが、最後の優しさ。
 あふれ出しそうになる涙をこらえ言葉を紡ぐ。

「お兄ちゃん、ありがとう。わたし、がんばるね。だから、お兄ちゃんも幸せになってね」

 上手く笑えたかな。
 最後くらい、笑顔で別れたい。

 あふれた涙はとめどなく頬を伝い落ちていく。しかし、その涙が地面を灰色に染めることはなかった。

「あぁぁ、やっぱり無理だ。夏菜を手放すなんて出来ない」
「えっ……」

 腕を強く引っ張られ体勢を崩した一瞬、自分の身に起こった出来事を私は一生忘れないだろう。唇へと与えられた熱に思考が停止する。

 うそ――……、キス……

 それは一瞬の熱。
 ギュッと抱きしめられた理人の腕の中、頭が混乱する。今、自分の身に起こっていることが信じられない。
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