近くて、遠い、恋心
「勝手だよね。お父さんと結婚する前は、かまってくれたことなんてなかった。でも、それでもよかったよ。昼夜関係なく働いていたお母さんに無理なんて言えなかったし、放置されるのは仕方ないって我慢出来た。でも、今お母さんがやっていることは後悔の押しつけだよね。娘をかまってあげられなかった罪悪感を無くすために、私の未来を潰さないで」
「夏菜……、ずっとそんな風に思っていたの? ひどい……、ひどいわ」

 椅子にへたり込んだ母が、義父の胸へとすがり泣き出す。
 そんな母の姿を見つめ思うのはあきらめの境地だけ。罪悪感に囚われ、今の"わたし"と向き合うことを拒絶した母に何を言っても響くことはない。
 心に巣食う虚無感に大きなため息を吐き出し今だに泣き続ける母から目を逸らした時、手を大きな手が包み込んだ。
 その温もりに傷ついた心が癒やされていく。理人が側にいて、気持ちをわかってくれている。その事実だけが、今の"わたし"を肯定してくれているようで涙が出る。
 母や義父に認めてもらえなくても、理人だけいればいい。理人が私の理解者になってくれるなら、それ以上は望まない。

「父さん、母さん。俺は、全面的に夏菜の味方です。そして、今後は二人で生きて行こうと考えています」
「はっ? 理人、何を言っている?」
「もう、いいでしょう。所詮、俺たちに家族ごっこは無理だったんです。俺は夏菜を愛しているし、夏菜も俺を愛してくれている。もう、兄と妹でいることなんて、出来ないんですよ」
「なっ!? 理人、本気で言っているのか!!」
「はい、もちろん本気です。俺と夏菜に血の繋がりはない。養子縁組をしていない以上、法律上は結婚しても何の問題もないはずです。俺たちは二人で生きて行きます」

 理人の発した"結婚"の言葉に心臓が大きく跳ねた。
 理人と結婚出来る。まさか、そんなことって……、あり得るの……
 理人の妹になってから、兄への想いは禁忌だと、未来を夢見てはいけないのだとしまい込んだ"結婚"という二文字に心が歓喜の涙を流す。
 理人はあきらめずに私との未来を模索し続けてくれていたのだろうか。
 胸いっぱいに広がる愛しさに理人の手をキュッと握れば、わかっているとでも言うように強く握り返してくれる。それだけで心が満たされていく。
 だからこそ、義父の反応が怖くて仕方ない。全てを拒絶する母とは違い義父は、いつも子供達に寄り添ってくれていたように思う。彼からしてみれば、兄妹が愛し合っていたなんて、耐え難い裏切りだろう。
 案の定、いつも穏やかな義父から発せられた言葉はひどく冷たいものに感じた。
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