近くて、遠い、恋心
 銀座の老舗クラブのホステスとして働いていた母は、気の強い性格が災いして泣かず飛ばずの日々を過ごしていた。しかし、ホステスとしての給金は魅力的で、母子家庭を支えるため嫌な仕事でも率先して受けていたという。人気ホステスのヘルプに、繋ぎ、お目当てのホステスが席に着かず、頭から酒をかけられ罵声を浴びたことも。もちろん、気の強い母は、客とトラブルになることも多く、クラブでは厄介者扱いされていたという。
 そんな時、義父と母は出会った。
 中規模企業の経営者だった義父は接待で母の店を訪れたという。元々、銀座のクラブやキャバクラに興味がなかった義父は、端の方で一人酒を飲んでいた。その隣についたのが当時売れないホステスだった母だった。
 つまらない者同士、ポツポツと会話をし終わる頃には意気投合するまでに会話が弾んでいた。それからも度々、接待の席で顔を合わせるようになった二人は、徐々に距離をつめ、いつしか義父は母目当てに店へと通うまでになっていた。
 ゆっくりと愛を育んでいた二人だったが、所詮、客とホステスの関係では別れは目に見えていた。
 他のホステスにない母の気の強い性格を気に入った上顧客がバックについたことで、あっという間に母はトップへと登りつめた。その影で、父は母の元を去るしかなかったのは言うまでもない。

「僕が振られて真理子さんとの恋は終わった。でもね、数年後、突然かかってきた一本の電話が彼女との縁を繋いでくれた。夏菜さん、覚えているかな? 高校二年生の秋、君は交通事故にあって大怪我をしたよね」

 義父の言葉に頷く。
 あの日は、陸上部の大会準備で夜遅くなってしまい、急いで帰宅する途中だった。暗闇の中、小走りで横断歩道を渡っていた私は曲がる車に気づかなかった。巻き込まれ、次に気づいた時には病院のベッドの上だった。
< 27 / 32 >

この作品をシェア

pagetop