近くて、遠い、恋心
「佐々木さん……、そのクライアントのお名前を伺ってもよろしいですか?」
「マークス・ハリウェストン氏。名前くらいなら知っている?」

 嘘でしょ!?
 マークス・ハリウェストンって、あの超有名なスチールカメラマン。海外のセレブリティや有名ハリウッドスターを顧客に持ち、彼の手がける作品はどれも破格の高値で売買されると言われている。今の世に、彼と仕事をしたいと切望している者たちがどれほどの数いることだろうか。
 そんな超有名人に名前を知られているだけでも畏れ多いのに一緒に仕事をしたいと言ってくれている。夢みたいな話であることだけは確かだ。
 ただ、心の中で躊躇いが生まれる。それは、理人と別れ海外へ行くことになれば、"妹"という立場ですら無くなってしまうという恐怖心なのかもしれない。

「佐々木さん、マークス氏が私を気に入るなんてあり得ません。きっと誰かと勘違いされているのではないでしょうか。それに仕事も人並みにしか熟せませんし、平々凡々な私ではマークス氏と共に働いても失望させるだけです」
「そんなことはありませんよ。稲垣さんと二年間仕事をしてきて、あなたの妥協を許さない実直な姿勢は賞賛に値します。そして最後まで諦めない強い精神力から生まれた作品の数々は、見る者の魂を揺さぶる。だからこそ、マークス氏はあなたの作品に心奪われたのでしょうけどね」

 佐々木さんの言葉の一つ一つが刺さり、心を熱く震わす。
 下請けに回ってくる仕事は、予算も少なく、割ける人員もごくわずかだ。一人で何個もの案件を抱えている者も多い。肉体的にも、精神的にも過酷な職場で真面目にやれば馬鹿を見る。しかし、妥協はしたくなかった。だから、必死にがんばってきた。
 その努力に気づき、認めてくれる人がいる。そんな嬉しいことはない。
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