近くて、遠い、恋心
「佐々木さん、ありがとうございます。今までの努力が報われたようで、あなたと仕事が出来て本当に感謝しています」
「ははは、その口ぶりだと別れの挨拶みたいですよ。まだ、私は稲垣さんと仕事を続けたいですし、何よりマークス氏と稲垣さんの仲介役として、一緒に現地入りしますから」
「えっ!? 佐々木さんも一緒に行かれるのですか?」
「はい。まぁ、正確には始めの一カ月と状況確認に完成までの間、一カ月に一度アメリカに行く予定です」
「ちょっと待ってください。完成までの期間って?」
「一年を想定してます。ただ、マークス氏もこだわりが強い方ですから、長引く可能性もあります。もちろん稲垣さんには出向という形をとってもらいアメリカでの衣食住、給与面、また帰国後は我が社のデザイン部門への登用もお約束させて頂きます」

 破格の待遇過ぎて目がチカチカする。
 自分のスキルアップのみならず帰国後は、夢だった大手広告代理店のデザイン部門で働ける。このチャンスを逃してはいけないと頭ではわかっている。だけど心に居座り続ける理人の存在に、『はい』の言葉が出ない。
 一年……、いいや、数年かかるかもしれない。その間、理人と離れてしまえば、彼は私の存在なんてすぐに忘れてしまう。
 新しい彼女が出来て、そのうち結婚して……、なんで今、彼女がいないと思っているんだろう。
 気づいた事実に愕然とする。
 あんなに素敵な理人なんだもん。彼女がいたっておかしくない。
 妹でしかない私に、彼女の存在を話す必要なんてない。
 この先ずっと、理人は"お兄ちゃん"で、私は"妹"なんだ。それが変わることは一生ない。
 理人と恋人になることも、夫婦になることもない。それは残酷な現実。
 あの家を……、理人の側から離れてしまえば、今度こそ忘れられるのかな。

「稲垣さん、悩む気持ちもわかります。でも、よく考えてみてください。将来のあなたに何が必要かを」

 将来の私に何が必要か、か……
 ある意味、一番残酷な問いだ。

「佐々木さん、わかりました。少し考えさせてください」
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