この音が、君に届くなら
「じゃあ、いくか」

律がスティックを手に持ち、椅子に腰かける。
奏はギターのチューニングを終え、立ったまま軽く肩をほぐすように手を振った。

澪は、書いてきたノートを譜面台に立てて、鍵盤に指を置いた。
まだ鼓動が速い。でも、それは怖さじゃなくて、期待のようなものだった。

「テンポは……これくらいで?」

律が足でバスドラムを軽く鳴らしてみせる。

「もう少し、ゆっくりでもいいかも」
澪が小さく答える。

奏は無言でコードを確認すると、すっと視線を澪に向けた。

(大丈夫。……ちゃんと弾ける)

澪がうなずくと、律が軽くカウントをとる。

「せーの――いち、に、さん……」

最初の音は、澪の指先から。
ピアノの静かな旋律に、律のドラムがそっと重なる。
その音に遅れて、奏のギターが加わった。

音と音の隙間を探るような感覚。
バランスを崩さないように、お互いの呼吸を読むように。

でも、数小節が過ぎた頃には、少しずつ音が寄り添いはじめていた。

(……不思議)

昨日の律とのセッションとも違う。
奏との初めてのセッションとも、また違う。

三人で出す音は、誰かひとりのものじゃない。
でも、どこかちゃんと“自分の音”も生きている気がした。

いつの間にか、澪の顔には緊張とは違う、やわらかな表情が浮かんでいた。
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