この音が、君に届くなら
翌日、放課後の音楽室。

澪が少し早めに到着すると、昨日のように陽の光が床を照らしていた。
昨日書いた楽譜ノートを抱えながら、澪はそっと深呼吸をする。

(ちゃんと音、合わせられるかな……)

不安と期待が入り混じる中、扉が開いた。

「やっぱり、今日も一番乗りか」

一ノ瀬奏がギターケースを肩にかけて入ってくる。
いつも通りの無表情――だけど、昨日よりほんの少し柔らかい。

「……昨日の、聴いてた?」

「うん」

「どうだった?」

奏は一瞬だけ言葉を探すように黙って、それから短く言った。

「月島さんの音は、誰かと重ねることで伸びると思った」

「……それって、いい意味?」

「もちろん」

言葉数は少ないのに、ちゃんと伝わる。
昨日、律がくれた言葉とはまた違う種類の“安心”がそこにあった。

「――やあ、揃ってる?」

軽やかな声とともに、桐原律が顔を出す。
スティックケースをぶら下げた手が、リズムを取るように揺れていた。

「いよいよだね。三人で合わせるの、初めて」

「うん」
澪と奏がそれぞれ小さく頷いた。

部屋の空気がふっと変わる。

ひとりの音から、ふたりへ。
そして今日、初めて“三人の音”が重なる――その一歩手前の静けさ。
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