この音が、君に届くなら
音楽室を出たのは、いつもより遅い時間だった。
空には夕焼けが残り、校舎の影が長く伸びている。

「じゃ、俺は部活寄ってから帰るわ」

そう言って律が手を振る。

「また明日、よろしくね」

「うん。おつかれさま、桐原くん」

「おつかれ」

奏もそれだけ言って、ふっとそっぽを向いた。

律が駆け足で階段を下りていくのを見送ったあと、澪と奏は校門へと向かって歩き出す。

しばらく、ふたりの間には言葉がなかった。
けれど、それは気まずさじゃなくて、心地よい沈黙だった。

「……あの曲、ちゃんと最後まで作ったら、譜面見せて」

不意に奏が口を開いた。

「えっ」

「さっきの続き、気になる。……ギター合わせてみたい」

その言葉に、澪の胸がまた少し跳ねた。

「うん……わかった。頑張ってみる」

奏は前を向いたまま、ほんの少しだけ口元をゆるめたように見えた。

(この人、やっぱりちょっとわかりにくいけど……)

(でも、ちゃんと伝えようとしてくれてる)

坂を下りる途中、ふとしたタイミングでふたりの手がすれ違う。

触れるわけでもなく、避けるでもなく――
それでも、澪の心は、わずかに熱を帯びていた。
< 20 / 99 >

この作品をシェア

pagetop