悪女の私を、ご所望なのでしょう?

12-馬車の迎え

「そう、よく気づいたね。さすがは俺たちの子だ」
「そしてロドラーレル商会というのが、あの女の実家というわけね」

 続けてお母様がそう話す。
 私はもう一度資料に目を落とし、数字の変動を目で追った。
 資料に書かれているのは、ロドラーレル商会が顧客向けに発表している支出入の金額と、お父様が調査して判明した実際の金額。
 そしてそれとは別で、王家予算の横領事件の報告書。
 前者の差額と、後者の報告書に記載された横領金額が、きわめて近い値になっているのだ。
 そして報告書には、ディル殿下のお名前が……

「そう。それでこの王家予算の横領というのに、どうやらあの王子が関与しているらしい、というところもわかった」
「まぁ……」

 王妃殿下が臨時のお小遣いと言っていたのだけれど、それとはまた別で王家の予算からお金を使っていた、ということになるのかしら。

「この情報で、一応治安騎士を動かすこと自体はできた。これだけでは証拠としては不十分だから、まだもう少し治安騎士と共に情報を探らないといけないがな」
「ただ、ここまで来れば、もうあと少しですわ、旦那様」

 お母様も私たちのもとに近づいてきて、私と旦那様を一緒にぎゅっと抱きしめる。
 つまりは、私が数年かけてコツコツと動いている作戦が決行されるまで、あと少し。

「あともう少しだけ、頑張りましょうね。エレーヌ」
「あぁ……つらい思いばかりさせてしまって、すまないな」
「お母様……お父様……」

 私は、私を大事にしてくれる二人を見上げてから、頷く。
 そうして、もう一度ぎゅっと抱きしめ合うと、そのまま食堂へ夕食を食べることにしたのだった。

 ***

 季節が巡るのは早く、すでに夏を過ぎて冬の兆しが見える頃合いになった。
 あと数ヶ月で学園も卒業となり、そしてディル殿下とメイベルさんに断罪されるらしい卒業式もすぐそこになった。
 そして今日は、隣国から王子がいらっしゃるので、その歓迎パーティーに参加することになっている。

「お母様。これ……似合っているかしら?」
「まあエレーヌ! とってもいいじゃない!」
「お嬢様。とてもお似合いですわ!」

 お母様と侍女長が絶賛する横で、私は姿見でドレスに身を包む自分の姿を見やる。しかし鏡にうつる自分の姿はどうにも不安そうだった。
 何しろ、普段着るドレスとは全然方向が違うのだ。
 普段は可愛すぎない程度にレースやフリルのついた、万人受けするドレス。
 しかも薄い青やピンクといった、誰が見てもびっくりしないような色を着ていた。
 ……というよりは、婚約者の顔を忘れすぎて目の色を覚えてないから、自分の好きな色のドレスを着ていたというわけなのだけれど。

「そう……かしら……?」

 あまりの自信の持てなさに顔がひきつってしまう。
 何を隠そう、今日のドレスはよく見ると紫色といった具合の、ほぼ黒色のドレス。しかも体のラインを強調せんばかりの、マーメイドドレス。
 生地に光沢がありキラキラとした宝石が付けられているから、喪に服す際に使用するドレスに見えることはない。
 けれど、かなり強気な選択ということは、私でもわかった。

「それに、悪女になることを強いられている、っていう噂にはちょうどいいわ」
「はは……」

 思わず苦笑してしまう。
 そう。実はいろいろな人の力を借りて、作戦を本格的に決行する準備を始めているのだ。
 その一つがお母様の話した「悪女になることを強いられている」という噂。
 まあ、噂ではなく本当のことではあるのだけど。

「とはいえお嬢様。強いられている、だなんて噂が吹っ飛んでしまうほど、そのお衣装はお似合いですわ」
「本当? だと良いのだけれど」

 もう一度、姿見を見る。
 普段のメイクは、なるべく柔和になるように見せているが、今日ばかりは元の顔を存分に活かした強気なもの。
 髪型も、巻いて編み込んでいるいつもとは違い、軽く巻いてヘアオイルをつけたあとは、何もせずそのまま下ろしている。
 ドレスも相まって、威圧感が凄まじい。

「でも、それがいいのよ。普段は落ち着いたドレスしか着ていなかった公爵令嬢が、急に強気なファッションになってきた。どうやら婚約者に何か言われているらしい、ってね」
「そして振る舞いも不器用くらいがちょうどいい、ってわけですわね」

 なんだかお母様と侍女長がすごく楽しそうにしている。
 でも自分でも、普段はしないような衣装たちだから、少しわくわくしているのは否めなかった。

「さて、そろそろ馬車が到着するころなのだけれど……」

 隣国からの貴賓ということで、今日ばかりはディル殿下が来てくれる。
 ……はずだったのだが、今のところ外はうるさくなるどころか、夜の帳が下りたようにとても静かだ。
 ちなみにお父様はすでに会場に入っており、来賓の王子に付いて貴族などを紹介しているらしい。
 お母様は“所用”で欠席。
 十中八九、この準備によるものだと思うけれど。

「さすがにディル殿下も……今日ばかりは……」
「お嬢様、馬車がいらっしゃいました」
「さすがに、ね!」

 使用人が馬車の到着を伝えにやってきてくれ、お母様と侍女長と共に安堵する。
 馬車の側面には王家の紋章が描かれていて、それはそれは立派な馬車だ。

 ――よかった……ディル殿下にも一応体裁というお言葉はあったのね。

「それでは行ってまいります」
「頑張るのよ、エレーヌ」
「ええ、もちろん!」

 お母様にご挨拶をして、いざ出発。
 御者が下りてきて馬車の扉をゆっくり開ける。なんだか動きがぎこちないけれど、大丈夫かしら……?
 しかし馬車の扉が開き切り、中の様子がわかった瞬間、私たちも驚愕のあまり体が強張ってしまった。

「オストガロ公爵令嬢。すまない、待たせてしまったな」

 普段、こちらを見定め見下すような視線を向ける金髪の男は、いない。

 代わりにいたのは、短い黒髪をセットし、赤い瞳でこちらを優しく見つめる――隣国の王子だった。
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