悪女の私を、ご所望なのでしょう?

02-平民女と愚鈍な王子の戯言

 ――悪女…………?

 聞き慣れない単語に首を傾げる。

「昨今、政略結婚を強いられる身分で、本当の恋愛相手と結婚するために断罪する……という行為が流行っているらしい」
「流行って……なるほど、それがいかがしたのでしょう」
「五月蠅い。貴様にしゃべっていいと許可した覚えはない」

 ぐっと押し黙る。
 とはいえ、嫌な予感がしていた。
 第四王子殿下の戯れに巻き込まれて、大事な時間を潰されるような……

「その政略結婚をさせられる相手が相当にひどいやつ……その小説では悪女と言ったか、でな、男の思い人を虐めたり嫌がらせしたりするらしい」
「最近庶民の間で流行ってるんだぁ~……あ、お高くとまってるお貴族さまは知らないかぁ!」
「こらこらメイベル。あまりやつを虐めるでない」
「えぇ~、ディルさま優しぃ~」
「それでなんだったか……そうだ。その悪役令嬢というのになって、俺とメイベルの結婚を成功させるようにしろ。メイベルは残念ながら爵位を持たぬ平民、誰にもこの恋愛を認めてもらえないのでな」
「…………」

 頭が痛くなる。
 結婚するためにやってきたら、他の女と結婚するための手助けをしろだなんて。

「貴様が悪女になれば、俺たちは無事に結婚できるわけだ」
「…………」
「なんだ睨みつけおって。不満があるなら言ってみるといい」

 思わず眉根を寄せてしまったのがわかったみたいで、ディル殿下はたいそう不満そうにこちらを見下ろす。
 しかしやっと発言の許可が出たので、私はなるべく感情を出さないように口を開いた。

「その悪女というのが虐めたり嫌がらせをしたりする、ということですが、それを私がやるというのですか?」
「あぁ。そう言っていたのだが……わからなかったか?」

 いちいち癇に障る言い方をする男だこと。

「いえ、確認でした。ですが、虐めたり嫌がらせをすることで、私の周囲からの評価に支障が出ると思いますが、それはいかがしましょうか」
「それがどうした?」
「……え?」

 思わず聞き返してしまう。

「なぜそれを、俺が考えないといけんのだ」

 さも当たり前かのように、目の前の男は言う。

「貴様は、俺たちが結婚するために身を尽くせ。それだけが仕事であり、存在意義だ」

 怒りというものは、極限まで達すると怒りと認識できなくなるらしい。
 頭から足へ血が下がっていき、体が震える。

「もう一つ、質問をしてもよろしいでしょうか」
「構わんが……反抗的な女だな」

 その言葉を聞いても、もう何も感じない。

「その命令を、断ることはできますか?」
「…………ほぅ?」

 男は口端を吊り上げると、メイベルさんを膝からどかし、立ち上がる。
 そうして机の上に置いてあった赤のワイン瓶を手に取り、こちらに近づいてきた。

「王族でもないただの女が、そんな舐めた口をきくとはな」

 そのまま私の頭の上に、ワインを注ぎ始めた。

「別に断っても構わん。だがな、俺の特権で貴様の家と領をもろとも潰してやる」
「……っ!」
「お前以外にも使える駒はたくさんある。貴様を選んだ理由など、とくにない。自分を過大評価しすぎだ、女」
「……出過ぎたことを言いまして、たいへん失礼しました」

 最後の一滴までワインを私にぶちまけると、男はその場にポイと捨ててソファへと戻る。

「とっとと去ね」
 そう言うと背後の扉が開き、衛兵がやってくる。
 私はそのまま肩を持ち上げられて、お父様のいる馬車へと戻ることになったのだった。
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