湿気た夜を齧る
迷彩色のいつも
日常
散った桜の花びらが茶色くなって道中に散らばってる。毎日通るこの道に降り注ぐ日差しも強くなってきた。
朝から後ろをつけてくる女子たちから、もう日焼け止めの匂いがする。今年もあの匂いに包まれると思うと吐きそうだ。
俺ー御影燈夜ーは、顔がいい高校2年生。顔がいいことは自覚してるけど、これがメリットばかりかと言ったら全然そうじゃない。女子からは度重なるストーカー、セクハラもどき、好意の押し売りエトセトラ。男子からは嫉妬の嵐で、入学1週間にして俺の友達はみんな居なくなった。
折角母さんと一緒に決めた共学になりたての男子校だったのに、その僅かな女子たちに俺の居場所は奪われた。
学校は憂鬱な場所でしかない。女子生徒はおろか、俺のことだけ特別扱いする女性教師までいる始末。異様に当たりの強い男子生徒と教師なんて探さなくてもいる。
全部このレッテルのせいだ。所詮、努力じゃどうにもならないことってやつ。俺だって人と話そうとしたのに誰も真正面から向き合ってはくれなかった。だからこの学校という場所は嫌いだ。
「…あのっ、燈夜くん!」
葉桜を見ながら歩いてたら声をかけられた。
「あー、はい。君誰?」
「同じクラスの⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎です、今1人?」
「見ての通り。」
「そ、そうなんだ!良かったら教室まで一緒に行かない?」
「なんで?」
「えっ?」
「必要ないでしょ。後ろにいる友達と行けば?」
「……」
「じゃあね。」
「あっ」
「…ヘッドフォン、忘れたせいか。しくったな」
さっきより足早に教室に向かうことにした。鞄だけ置いたらどこかに逃げてよう。
〇
授業が始まる直前になって、やっと教室に戻ってきた。座るとほぼ同時にチャイムが鳴る。そして家庭科の担当の、若い女教師が入ってきた。こいつは正直嫌い。調理実習の時に纏わりついてきて邪魔だった。
形だけ授業を受けながら、今日をいかに乗り越えるか考える。ヘッドフォンという最強の盾を失った今、休み時間はいやでも周りの声を聞く他ない。学校内で1人になれる場所を探したこともあったけどその探検にすら監視がいた。
教室は周りがウザいからダメ。中庭は確実に声かけられるからダメ。空き教室は注意するフリして絡んでくる先生がいるからダメ。
…あぁ、全部ウザい。女子はさらにウザい。勝手に嫉妬する男子もウザい。
ウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザい…
…やめよう。
辛いことの意思表示なんて悪い結果しか引き起こさない。俺1人耐えてればいいんだ。防御こそ最大の攻撃とか言うし。
次の授業は数学か。担当は…当たり強いヤツだったな。
〇
電車の優先席に座って化粧を直す。こんなことしても、平日のラッシュが終わった時間帯ならジロジロ見てくる人はいない。前はこんな時間に出かけることに罪悪感を感じられてたけど、それももうできなくなったらしい。
…嫌、ゼロではないな。小さな鞄の中身を見て実感する。
私ー長月繭理ーは、高一の不登校。これでも頭はいいし、別に中退したとかじゃない。強いて言うなら人間関係ってめんどくさいよねってとこ。それで逃げた先がこの、時間と気持ちを売るってシゴトだから皮肉なもんだよね。
まあこんな気持ちひとつで何が変わるわけでもないの、知ってるし。もっと合理的なこと考えてよ。
今日の相手は…そう、いかにも金持ちそうなやつだ。金欠じゃなきゃこんなブッサイクと遊びに行きなんてしないのにな。
化粧を直し終えて、まだ降りる駅に着くまで時間があることに気づく。癖でつい持ち歩いてる、意味をなくした英単語の本を開いて、すぐ閉じる。全部覚えてたってもう発揮する場所もないんだった。
…暇だなぁ
ぼーっとしてたら不意に通ってた高校が目に入った。今日もいつも通り綺麗な四角い建物。それが無性に怖くて可笑しかった。
「もう二度と入ってやるかよ」ってあっかんべをしたら、ちょっと遠くに座ってる子供が笑った。多分私を見たわけじゃないんだろうけど、誇らしさを感じないでもなかった。
〇
「あっ、篠原さんですか?アプリの」
「あぁ。初めまして繭理ちゃん」
「初めましてぇ!」
「写真よりも可愛いね、今日はよろしく」
「も〜、お上手ですこと!」
「敬語、取ってくれて構わないよ。その方が話しやすいでしょ?」
キッショ
「えっまじ?篠くん超優し〜い」
「じゃあ行こうか。服が見たいって話だったよね?」
「うんうん。この近くにあるお店がオキニなの」
「わかった。繭理ちゃんの色んな服見れるの、俺も楽しみだよ」
うわぁ〜…
「私も篠くんに見てもらえるのめっちゃ楽しみ〜」
「はぐれないように、手繋ごっか」
「そんな年頃じゃないんですけど〜?笑」
手汗やば。最悪。いちいち上からなのもイタいなー
うん。こいつは今日限りだな、決定。まあ、今まで見てきたヤバいやつらに比べたら可愛いもんか。
あーほんと、ちょっと気があるフリするだけでこんな満更でも無さそうな顔見せるなんてチョロすぎ。ウケる。お金くれてありがとーつってね。
今日も一日お仕事頑張るぞーっと。
朝から後ろをつけてくる女子たちから、もう日焼け止めの匂いがする。今年もあの匂いに包まれると思うと吐きそうだ。
俺ー御影燈夜ーは、顔がいい高校2年生。顔がいいことは自覚してるけど、これがメリットばかりかと言ったら全然そうじゃない。女子からは度重なるストーカー、セクハラもどき、好意の押し売りエトセトラ。男子からは嫉妬の嵐で、入学1週間にして俺の友達はみんな居なくなった。
折角母さんと一緒に決めた共学になりたての男子校だったのに、その僅かな女子たちに俺の居場所は奪われた。
学校は憂鬱な場所でしかない。女子生徒はおろか、俺のことだけ特別扱いする女性教師までいる始末。異様に当たりの強い男子生徒と教師なんて探さなくてもいる。
全部このレッテルのせいだ。所詮、努力じゃどうにもならないことってやつ。俺だって人と話そうとしたのに誰も真正面から向き合ってはくれなかった。だからこの学校という場所は嫌いだ。
「…あのっ、燈夜くん!」
葉桜を見ながら歩いてたら声をかけられた。
「あー、はい。君誰?」
「同じクラスの⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎です、今1人?」
「見ての通り。」
「そ、そうなんだ!良かったら教室まで一緒に行かない?」
「なんで?」
「えっ?」
「必要ないでしょ。後ろにいる友達と行けば?」
「……」
「じゃあね。」
「あっ」
「…ヘッドフォン、忘れたせいか。しくったな」
さっきより足早に教室に向かうことにした。鞄だけ置いたらどこかに逃げてよう。
〇
授業が始まる直前になって、やっと教室に戻ってきた。座るとほぼ同時にチャイムが鳴る。そして家庭科の担当の、若い女教師が入ってきた。こいつは正直嫌い。調理実習の時に纏わりついてきて邪魔だった。
形だけ授業を受けながら、今日をいかに乗り越えるか考える。ヘッドフォンという最強の盾を失った今、休み時間はいやでも周りの声を聞く他ない。学校内で1人になれる場所を探したこともあったけどその探検にすら監視がいた。
教室は周りがウザいからダメ。中庭は確実に声かけられるからダメ。空き教室は注意するフリして絡んでくる先生がいるからダメ。
…あぁ、全部ウザい。女子はさらにウザい。勝手に嫉妬する男子もウザい。
ウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザい…
…やめよう。
辛いことの意思表示なんて悪い結果しか引き起こさない。俺1人耐えてればいいんだ。防御こそ最大の攻撃とか言うし。
次の授業は数学か。担当は…当たり強いヤツだったな。
〇
電車の優先席に座って化粧を直す。こんなことしても、平日のラッシュが終わった時間帯ならジロジロ見てくる人はいない。前はこんな時間に出かけることに罪悪感を感じられてたけど、それももうできなくなったらしい。
…嫌、ゼロではないな。小さな鞄の中身を見て実感する。
私ー長月繭理ーは、高一の不登校。これでも頭はいいし、別に中退したとかじゃない。強いて言うなら人間関係ってめんどくさいよねってとこ。それで逃げた先がこの、時間と気持ちを売るってシゴトだから皮肉なもんだよね。
まあこんな気持ちひとつで何が変わるわけでもないの、知ってるし。もっと合理的なこと考えてよ。
今日の相手は…そう、いかにも金持ちそうなやつだ。金欠じゃなきゃこんなブッサイクと遊びに行きなんてしないのにな。
化粧を直し終えて、まだ降りる駅に着くまで時間があることに気づく。癖でつい持ち歩いてる、意味をなくした英単語の本を開いて、すぐ閉じる。全部覚えてたってもう発揮する場所もないんだった。
…暇だなぁ
ぼーっとしてたら不意に通ってた高校が目に入った。今日もいつも通り綺麗な四角い建物。それが無性に怖くて可笑しかった。
「もう二度と入ってやるかよ」ってあっかんべをしたら、ちょっと遠くに座ってる子供が笑った。多分私を見たわけじゃないんだろうけど、誇らしさを感じないでもなかった。
〇
「あっ、篠原さんですか?アプリの」
「あぁ。初めまして繭理ちゃん」
「初めましてぇ!」
「写真よりも可愛いね、今日はよろしく」
「も〜、お上手ですこと!」
「敬語、取ってくれて構わないよ。その方が話しやすいでしょ?」
キッショ
「えっまじ?篠くん超優し〜い」
「じゃあ行こうか。服が見たいって話だったよね?」
「うんうん。この近くにあるお店がオキニなの」
「わかった。繭理ちゃんの色んな服見れるの、俺も楽しみだよ」
うわぁ〜…
「私も篠くんに見てもらえるのめっちゃ楽しみ〜」
「はぐれないように、手繋ごっか」
「そんな年頃じゃないんですけど〜?笑」
手汗やば。最悪。いちいち上からなのもイタいなー
うん。こいつは今日限りだな、決定。まあ、今まで見てきたヤバいやつらに比べたら可愛いもんか。
あーほんと、ちょっと気があるフリするだけでこんな満更でも無さそうな顔見せるなんてチョロすぎ。ウケる。お金くれてありがとーつってね。
今日も一日お仕事頑張るぞーっと。
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