喜びをあなたと一緒に
ふと、咲希に聞いてみようと思った。

「ねえ、咲希はスランプとかないの?」
「あたし?そりゃあ、あるよ。」
「スランプになったときはどうするの?」
「ジャンルを問わずにいろんな作品に触れてみたり、あとは環境を変えてみたりかな。とにかく、行動する。じゃないと、変わらないっしょ。」

やっぱり、凸凹だった。

「それで、描けるようになったの?」
「うん。刺激を受けるとね、自然とインスピレーションが沸いてくるんだあ。」
その通りかもしれない。そう思った。

久しぶりに美術館に行って、絵の具や粘土の独特な香りと静寂に包まれながら、作品をじっくりと味わう。
良いかもしれない。想像するだけで、心が弾むのを感じた。

「京都にさ、美術館とかアートギャラリーが密集しているエリアがあるでしょ。そこに行ってみようかな。」
「お!いいねえ!私も行きたいけど…ごめん!個展がもうすぐだからさ、もうてんやわんやなんだわ。」

咲希は、学生時代からの夢を叶え、夏に個展を開催する。
開催が決まったとき、咲希は真っ先に私に教えてくれた。
会うなり私に抱きつき、涙を流しながらも、声は嬉しそうに弾んでたっけ。

そんな咲希を見て、私も嬉しさで胸がいっぱいになって、抱き合って一緒に泣いたんだよなあ。
今は、嬉しさだけではなく、少しだけ羨ましさとか自己嫌悪とかが含まれて何だか複雑だ。

「あ、そっか。仕事だ。私も連休とれないんだよなあ…。あきらめるか。」
「ねえ、そのことなんだけどさ。仕事から少し離れてみたら?さっきも言ったけど、環境もあると思うんだよね。」
仕事から離れる。考えたこともなかった。

約4年勤めていたし、ボーナスも年に2回でていたから、1人暮らしとはいえ、それなりに貯金はある。いっそのこと、仕事を辞めてみてもいいんじゃないか。
咲希は休職を提案したのだろうが、戻ったらまた描けなくなってしまう気がする。
それに、咲希のようにやりたいことを見つけたいという気持ちもあった。

「決めた。私、今の仕事をやめる。やめて、自分がやりたいことを見つける。」

大胆なことを言ったが、まるで、パズルのピースがはまったかのようにしっくりときて、不思議と迷いはなかった。

「そっか。応援するよ。」
「ありがとう。」

その後、少しだけ世間話をした。
心の中は、いつもより、少しだけすっきりとしていた。
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