小鳥の爪―転生寵姫は2番目の恋に落ちる―
第72話 逃げる小鳥(4/5)


 しばらくして、女将が戻って来た。

 シャオレイは白湯を受け取り、女将に薬を塗ってもらい、手足に包帯を巻いてもらった。

 女将が去ったあと、シャオレイはほどよく冷めた白湯に生薬の粉を溶かして、飲んだ。
 薬が、シャオレイの喉をゆっくりと通っていく。けれど、焼けるような喉の痛みは残ったままだった。
 咳をひとつするたび、胸がヒリつく。
(もう……伸びやかな歌声は、戻らないかもしれないわ)

 歌は、シャオレイにとってすべてだった。
 自分の誇りであり、人に愛される力であり、生きていく術だった。
 それを失うかもしれない――そう思うと、シャオレイは怖くてたまらなかった。
 だが、シャオレイが寝台に目をやると、そこには包帯姿のフェイリンが静かに息をしていた。
 その姿に、シャオレイの胸がふっとゆるんだ。
(それでもいいわ、あの頃の私に戻れなくても……。
フェイリンが、生きていてくれるなら……)
 そう思うと、不思議と悲しみはなかった。

 シャオレイは衣《ころも》を着たあと寝台へ腰かけて、そこに横たわるフェイリンの背をじっと見つめていた。

「……あまりじろじろ見るな」

 その声にシャオレイが驚くと、いつの間にかフェイリンは目を覚ましていた。

 だが、シャオレイはフェイリンを見つめたまま言った。
「目に焼き付けておきたいの」

 フェイリンはプイと反対側を向き、布団を引き寄せた。

 シャオレイはそっと手を伸ばし、フェイリンの体へ布団をかけ直した。
 それから、静かに問いかけた。
「――なぜ、逃げなかったの?」

「俺が逃げたら、そなたに累が及ぶ」
 フェイリンはきっぱりと言った。

 あまりにも飾らない、フェイリンの優しさ。――それに、シャオレイの目が潤んだ。
 シャオレイは、フェイリンから顔をそむけた。

 しばらく、沈黙が続く。

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