小鳥の爪―転生寵姫は2番目の恋に落ちる―
第75話 発火しかける衝動(3/6)




 廊下の端で、シャオレイは速い鼓動を落ち着かせようとしていた。背を壁に預け、深く息をつく。
 シャオレイの指先が、わずかに震えている。
(油断してたわ……フェイリンにあんなこと言われるなんて。
――いえ……私は知ってたはず。
だって彼に告白されてたもの……“俺が欲しいのは、そなたのすべてだ”って)

 シャオレイは、ほてった頬に両手を当てた。
(どうしてそれを忘れて、フェイリンに思わせぶりなことをしてたのかしら……。
顔を拭いて、薬を飲ませて、重湯の匙を運びながら笑って。
挙句の果てに頭を抱きしめたりして――。
彼を男として思っていないから?
それとも……安心しきってたから?)

 シャオレイには、自分の心が自分のものじゃないみたいだった。
(私、やっぱり変。
冷宮でフェイリンに脱がされたときと同じだわ……。
青楼のお客や陛下に求められたときだって、こんなふうにならなかったもの。
それに、フェイリンには以前、平気で体を差し出してた。
彼をからかったりしてたし……)

 不意に、シャオレイの唇に熱がよみがえる。
(――そういえばあのとき、思わず口づけしてしまったわ)

 それは、冷宮でフェイリンと再会したときのことだ。

 シャオレイは思わず、唇を押さえる。
(私、フェイリンに恋してるのかしら……。
でも、陛下との恋とは全然違う)

 シャオレイはしゃがみ込んで、膝を抱え込んだ。
(なんなの?私……)



 シャオレイのいない隠し部屋には、物音ひとつしなかった。陽は落ち、薄暗い空気が満ちている。

 目を閉じたまま、フェイリンは呼吸を整えていた。
 フェイリンの額には、汗がにじんでいた。
 フェイリンは、長く息を吐く。
(――言いすぎたか)

 シャオレイ――青楼で、男を知り尽くしたはずの女。
 その彼女が、フェイリンの一言で顔を赤らめ、無言で出て行った。

(そんなに嫌だったのか?いや……そんなはずは――)
 フェイリンに、答えは出ない。
 フェイリンは、情欲を伝えたことを後悔はしていない。ただ、それが“伝えるべき時”だったのかどうか――それだけが引っかかっていた。
 枕元のフェイリンの手が、かすかに震えた。
 女に揺さぶられる刺客など、笑い話にもならない。
 だが――もうずっと前から、冷静ではいられなかった。
 フェイリンは、枕に顔を強く押しつけた。

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