蒼銀の花嫁 〜捨てられ姫は神獣の番〜
アグレイスは、最前線の丘に立っていた。
彼の背後には、王国の兵たちが整列している。
その顔はみな険しく、だが決して後ろを振り返ろうとしなかった。
彼の前には、黒き旗を掲げる反乱軍――アルベルトの軍勢が迫っていた。
その数は王国軍の二倍に及ぶ。
だが、アグレイスの瞳には迷いがなかった。
彼は剣を抜き、軍に向かって高らかに声を上げる。
「……恐れるな!」
その一言が、大地を震わせるように響いた。
「この地は、我らが守ってきた故郷だ。民の夢を、未来を、俺たちは何ひとつ渡さない! 誰が裏切ろうとも、我らが真実の王国だ!」
その声に応えるように、兵たちが一斉に剣を掲げた。
叫びは一気に広がり、王国軍は一斉に前進を始める。
その瞬間、地の果てから砲声が響いた。
開戦の号砲。
静寂を裂く、破滅の狼煙。
空が揺れ、地が震える。
アグレイスの剣が、最初の敵の刃を受け止める。
その重みに、命の重さが乗っている。
「退けろ! 奴らを通すな!」
「盾を組め! 左側が崩れるぞ!」
怒号、叫び、鋼のぶつかり合う音が響き渡る。
戦場は混沌と化し、砂煙が空を覆った。
しかしその中で、アグレイスは確かに前を見ていた。
敵の指揮官たちの間に、あの男がいた――アルベルト。
元は父に忠誠を誓ったはずの将。
だが彼は、民のためと称して、裏切りと欲望の旗を掲げた。
(お前に、セレナとの未来は渡さない)
アグレイスの胸に燃えるのは怒りではなかった。
ただひとつ、「守るべき者」への信念だった。
彼は剣を振るい、地を駆ける。