神様はもういない

甘々な日々

 そして、翌朝。
「おはようあゆり! ちゃんと疲れとれた?」
 ずごーん。
 もしここが漫画の世界なら、そんな効果音が流れてもおかしくない。目を覚ましてすぐに、私を見下ろす湊の顔が視界いっぱいに見えて、思わず両目を擦った。
「えっと……夢?」
「いや、今起きたんだから夢じゃないでしょ〜。あゆりってば天然だな」
「はあ」
 こちとら状況を理解するので精一杯で、呑気に「天然」だと言われても何も響かない。
「昨日の夜からずっといたの?」
「当たり前じゃん」
「じゃあ聞くけど、どこで寝たの?」
「う〜ん、どこだろ。ここの床?」
  人差し指でベッドの下のほうを指差す湊。どうやら湊の中でも記憶が曖昧らしく、「そういえば俺、どこで寝てたんだろ」と不思議そうな目つきでつぶやく。
「はあ……まあ、どこでもいいよ。とにかくまだうちにいるのね」
「まだって、あゆり、つれないなあ。腐っても婚約者だよ? 俺を不審者か何かだと思ってない?」
「いや、さすがにそこまでは……ごめんって」
「へこむわぁ」
 湊はがっくりと肩を落とし、本気でちょっと傷ついたそぶりを見せる。
 生きていた頃、彼がこんなふうに凹んでいる姿を見たことがないので、ずきりと胸が痛んだ。
彼が自分が死んでいることを知らない以上、ありのままの事実を伝えるわけにもいかないし……。
だから私は、あたかも彼とずっと同棲していたかのように装おうしかないのだそう。それが、湊を傷つけないための唯一の方法だった。
「ほんとにごめん。やっぱりまだ昨日の疲れが抜けないみたい。湊、朝ごはん食べる?」
 気を取り直して、というように明るい声でそっと尋ねると、彼が瞳をぱっと輝かせて「食べる!」と威勢よく答えた。その顔が、私のよく知っている湊の少年のような素直なものだったから、自然と心が和んだのは秘密だ。

< 13 / 46 >

この作品をシェア

pagetop