神様はもういない

本当のこと

「……り。あゆり。大丈夫?」
 二人だけの会議室で、私の名前を呼ぶ雅也の声が響いてはたと視線を上げる。
 真っ白な壁に囲まれた部屋には、真ん中に長机が三つ並んでいる。それほど広くはないこの部屋は、社員が予約制で自由に使うことができる。
 長机の席に並んで座って仕事をしていた私と雅也。私の目の前のパソコンの画面には、例のコンペで提出するパッケージのデザイン案が、雅也のパソコンには当日にプレゼンで使う資料が映し出されていた。
「ぼうっとしてたけど、考え事?」
「ごめん。ちょっと疲れてるみたい」
 私たち以外誰もいない空間では、雅也私のことを「あゆり」と名前で呼んでくれる。会社の中で名前を呼び分けるのは大変だが、二人きりの時まで「山名さん」「宗岡くん」と苗字でよそよそしく呼ぶのは嫌だった。
「そっか。最近思い詰めてるみたいだね。デザイン、まだ納得できてない感じ?」
「ううん、そんなことないよ。割と納得のいくものに仕上がってきた」
 そう。一週間前のあの日から、私はなんとかコンペ用のデザインをいくつか作り上げ、今、最終確認の段階に入っていた。商談に行くのは三日後だ。デザインは完成したので、あとは雅也と当日の発表の流れを入念に打ち合わせするだけだった。
「それならよかった。でも毎日遅くまで仕事してるんでしょ」
「それは、まあ……」
 チクリ、と胸に針が刺されたような小さな痛みが走る。
 確かにここ最近仕事を家に持ち帰って遅くまで働いているのは事実だ。でも、自宅では湊が私に明るく話しかけ、不覚にも励まされている自分がいた。一人で悶々と悩んでいた先週に比べると、かなり前向きに仕事ができていた。だからこそ、雅也に心配されることに罪悪感が募る。
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