神様はもういない
 その後、無事に打ち合わせが終わり、いよいよ本番を迎えるだけになった。
 商談前日の夜、私は緊張と不安で、自宅でビールを飲みながらついパソコンの画面を真っ赤な目をして見つめていた。
「どうしたのあゆり。こんな時間に、また仕事? 真面目だな〜目が血走ってっけど」
 私を背中から覗き込む、湊の声。この一週間、私が家で仕事をしていると必ずと言っていいほど、「頑張りすぎじゃね?」「てか仕事は会社でするものでしょ」と、励ましているのか皮肉なのか、声をかけてくる。彼のそのひょうきんな態度に、救われもするし、焦っているときはちょっとイライラさせられる。
「そりゃ、明日が本番だからさ。色々と気になるよ」
「本番って、例のコンペの? 入社して間もないのに大変だね」
「それは……上司から、信頼してもらってる証拠でもあるから」
「あゆりはやっぱり頑張り屋さんだな」
 よしよし、と彼がまた私の頭を撫でる。今日で何度目だろう。一日一回以上、こうして湊から誉めてもらっている気がする。その度に、胸が鈴を転がすみたいに鳴ると同時に、確かな罪悪感を覚えた。
「でもさー、たまには……したいんだけど」
 先ほどまで歯切れのよかった彼の声が、一部分だけくぐもったように聞こえて、思わず聞き返す。
「したいって……なにを?」
「デートに決まってんだろ。ぜんっぜん、できてないんですけど!」
 デート、という単語を聞いて、思わずそっちか、とため息を吐く。
「デートって、湊と?」
「他に誰がいるんだよ」
「それは……」
 これ以上、なんと答えたら良いか分からなくなって、押し黙る。
 私はいつまで……いつまで湊と、こうして“恋人ごっこ”をしているのだろう。 
 湊は自分が死んだことを知らなくて。私に新しい恋人がいることも知らない。
 だから、湊にとっては今も私が歴とした恋人であり、デートができないというのは確かに不満だろう。
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