神様はもういない
 私が返答に困っているのを見かねたのか、湊はいつになく険しい顔つきになった。
「俺、思ってたんだけどさ。最近のあゆり、なんか隠し事してない?」
「隠し事……」
 そりゃあ、してる。してるに決まってる。
 だって、今の状況を正直に伝えたら、湊を混乱させてしまう。それどころか絶望して、彼を傷つけてしまう。
 ……ああ、そうか。
 私、湊のことを傷つけるのが嫌なんだ。
 時計の秒針が立てるかすかな音が、いやに耳障りだ。
 湊が生きていた頃と変わらないリビング、キッチン、寝室、トイレ。
 見た目はすべて同じなのに、そのどこにも、彼が纏っていた清潔な石鹸のような香りはない。いつのまにか消えてしまっていた。私の胸からあなたは消えないのに、あなたがいた痕跡だけが、少しずつなくなっていく。過去から未来へと、時計の針はどんどん進んでいく。抗いようのない事実から目を背けたくて、湊にも、核心的なことには触れられずに一週間が経った。
 ……でも。
「ほら、そうやって都合の悪いこと聞かれると黙り込むでしょ。何隠してるの? 怒らないから教えて。あ、でも浮気とかだったら嫌だけど」
 浮気なんか絶対にするはずない。
 だって私は、息ができなくなるほどあなたのことが好きなんだから。
 死んでしまったから新しい恋人ができた——これが浮気でなくて、彼への裏切りではなくて、一体なんだというのだろう。
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