私と御曹司の始まらない恋の一部始終

第32話 御曹司と執事、入部希望!

「恋バナクラブ」は雪華が登校した日に集まることが多かった。雪華は新曲の「君の前で泣かせて」がバズりまくって何かと忙しいらしい。だから学園に来るのは面倒らしいが、
「恋バナクラブは私の創作の源」
と言って登校するようになっている。今朝も雪華からメッセージが届いたので、ゆりぴょんと杏奈は放課後、いつもの中庭にやってきた。
「ウタちゃんと雪華、遅いねえ」
15分ぐらい待っているが、二人からは連絡もない。気まぐれな雪華はともかく、ウタちゃんからも連絡がないのはどうしたのか心配になっていると
「お待たせしてごめんなさい」
ウタちゃんが雪華の手をひきながら小走りでやってきた。ウタちゃんの様子がどこかいつもと違う。雪華は何かブツブツ文句を言っている。
「何かあったの?」
ウタちゃんはどう答えていいかわからぬ様子で黙ってしまった。
かわりに雪華が答える。
「御曹司と執事が、恋バナクラブに入りたいってさ」
「はあ?!」
あまりの思いがけなさに大きな声が出てしまう。
「違うわ雪華ちゃん、三山君たちは私たちがやっているクラブはどんなクラブか聞いて来たのよ」
「でも入部希望だって言ってたし」
「ちょっと待って整理させて。三山君と田鍋君は恋バナクラブだと知らないけど、私たちがなにかクラブを作っているから入りたいって言ったってこと?」
「そーゆーこと」
「で、恋バナクラブだって説明したの?」
「してないわ、できない」
ウタちゃんが頬に手をあてながら首をふった。やわらかそうな茶色の髪が揺れる。恥じらうウタちゃんが本当に愛らしいが、見とれている場合ではない。
「えーおもしろそうじゃない? ゆり、御曹司の恋バナ聞いてみたいかも」
「だよね! あたしもそう思ったんだけど、詩子が『クラブなんてやっていません』って言っちゃって。そんなこんなで詩子ともめてたら遅くなっちゃったんだよねー」
ウタちゃんは困った顔をしてうつむいてる。
杏奈も同じような顔をしているかもしれない。だって三山君と田鍋君の恋バナ? 二人が付き合っているのは内緒なんだから、恋バナクラブに入ったら困るのは向こうだ。ここは何とかしてゆりぴょんと雪華を説得しないと……。
その時
「やはりここで集まっていたか」
田鍋ケイイチロウと三山タイシがS組校舎から現れた。
「田鍋君?!」
「杏奈、久しぶりだな。変わりないか」
「う、うん」
「ゆりもいまーす」
「うん、詩子、雪華、ゆり、杏奈。クラブのメンバーはこの4人か」
「なんのこと、か、なあ……」
ここは誤魔化さなくちゃ! 田鍋君と三山君はこのクラブに入っちゃダメ! 伝われ!
でも田鍋ケイイチロウに杏奈の意図はまったく伝わらず
「ふむ、秘密クラブということか? ならば安心してほしい。俺たちは口が堅い。約束事は守ると誓おう」
そういうことじゃない! 杏奈はこの場をどうしたらいいのか歯がゆくて仕方がなかった。
すると
「あたしたち、詩を書いて発表しあってるの」
雪華が言った。
ウタちゃんと杏奈の様子を見て、雪華はいったん誤魔化すことにしてくれたようだ。
「詩? それは……もしや……DEAD POET SOCIETY か?! 素晴らしい!」
なにやら田鍋君が興奮し始めた。デッド・ポエット・ソサエティ? って何?
「へえ、さすが執事だね。古い映画知ってるじゃん」
「あれは名作だ」
ゆりぴょんがすぐに検索して、
「イギリス映画だって。『いまを生きる』って題で、配信で見れそう」と教えてくれた。
「そうか、デッド・ポエット・ソサエティか。ならばぜひとも俺たち二人も仲間に入れてほしい」
田鍋ケイイチロウが三山タイシを見た。
三山君も「大変興味をそそられます」と口添えする。
「じゃあ入部テストを受けてもらうよ。来週までに詩を書いてきて。テーマはそうだなあ、『恋』で」
雪華がいたずらっぽい目で田鍋君と三山君を見た。
「恋、だと?」
「そう、その詩の出来次第で入部を許可するか決める。みんなもそれでいいよね?!」
今度は杏奈たちを見た。
おもしろがってワクワクしているゆりぴょん、茫然としているウタちゃん。
杏奈は、ホラー映画の主人公になったような気分だった。絶対に開けちゃいけない扉を開け、覗いてはいけない部屋を見てしまう運命を背負った感じ。
田鍋君が三山君のことを想って書く詩なんて絶対聞きたくないのに、私はきっと全神経を集中させて、田鍋君の書いた詩を聞いてしまうのだろう。杏奈はもうすでに胸が苦しくなっていた。


 ウタちゃんに二人だけでお話しできないかと誘われたのは、その二日後だった。
杏奈は公営住宅への引っ越しがあり来週ならと答えたのだが、ウタちゃんがどうしてもというので、引っ越し先の公営住宅近くの公園に来てもらうことになった。
 待ち合わせの時間ギリギリまで引っ越し作業をしていた杏奈は、近くの公園で会うのだからと油断してジャージ姿で向かった。だが公園入口に停まった大きなリムジンを見て、ウタちゃんが日本の政財界に多くの人脈をもつ日本有数のお金持ち、善財家のご令嬢だということを鮮明に思い出した。
「今日はお忙しいのに無理いってごめんなさい」
「全然、むしろ来てもらちゃってごめんね」
杏奈は初めてのリムジンにドキドキしていた。広い車内、ちょうどいい張り感の革ばりのソファが窓に平行して設置されている。ウタちゃんと横に並ぶと窓からは公園が見えた。公営住宅の普通の公園が、素敵なイメージ映像みたいに見えてくるから不思議だ。ソファの前のテーブルにクリームソーダが置かれた。
「杏奈ちゃん、いつもメロンソーダを飲んでいたから用意したのだけれど、お口にあうかしら」
S組専用カフェテリアでいつもメロンソーダを飲んでいたのは、無料だったからだけど、一番好きなソフトドリンクではあった。こういう細やかな心遣いができるのがウタちゃんだ。お金持ちで、可愛くて、モデルのようなのに、いつも謙虚でやさしい。ウタちゃんと友達になれただけでもS組に行ってよかったなと思う。
「話したいことって、なに?」
「うん……」
ウタちゃんは言いにくいのかずっと黙っている。杏奈はクリームソーダを味わいながら待った。メロンソーダの上にのったアイスクリームがあまりにまろやかで、絶対に特別なアイスだと感動する。アイスと混ざり合ったメロンソーダを飲み終わったとき、ようやくウタちゃんが口を開いた。
「私、杏奈ちゃんに謝らなければいけないことがあるの」
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