私と御曹司の始まらない恋の一部始終

第33話 ウタちゃんの懺悔

「え……そんなことあったっけ?」
ウタちゃんが杏奈に謝るようなこと……まったく予想がつかないので、ウタちゃんの言葉を待つ。でもウタちゃんは下を向いて口をつぐんだままだった。
「ねえ、外に出て見ない? 今日は天気もいいし」
杏奈はリムジンから出て、ウタちゃんを公園のベンチに誘った。風がそよいでいて気持ちがいい。
「私ね、小学校まではこういう団地に住んでたの。いろいろあったけど両親も戻って来たし、リセットするにはちょうどいいんだ」
ウタちゃんの気持ちをほぐしたくて、杏奈は今の気持ちを話した。
「杏奈ちゃんのお家の問題が、良い方向に向かっていて安心したわ」
「うん、うちの両親、楽天的すぎるけど、前向きに進んでくタイプだから。なんとかなるように願ってる」
「杏奈ちゃんは、ご両親の性格をそのまま受け継いでいるのね」
「それはない! 私はもっと慎重」
ウタちゃんが笑い出した。
「杏奈ちゃんの行動力はものすごいわ」
杏奈は反論したい気持ちもあったけど、ウタちゃんに笑顔が戻ってよかったと安心した。
「あのね杏奈ちゃん、わたし、杏奈ちゃんのご家庭の事情を知らなかったから……杏奈ちゃんの真っ直ぐさが怖かった……いいえ違うわ、私、ただ不安だったの」
「え、何の話?」
そういえば以前にも、杏奈の家の事情を知った直後に、ウタちゃんに謝られたような気がする。いやそれよりも問題なのは、杏奈がウタちゃんを怖がらせたり不安にさせていたという発言だ。
「ごめんね、ウタちゃん! 私、なんか嫌なことしちゃったんだね」
「違うの、杏奈ちゃんは何も悪いことなんてないの。ただ私が……意気地がないばっかりに……」
「どうしたの、ウタちゃん?」
「後夜祭のとき、杏奈ちゃんが三山君に告白したんじゃないかと思ったの」
いきなり後夜祭の話が出て、杏奈は驚いた。まだ3週間もたっていないけれど、ひどく昔の話のような気がする。
「そうだね……告白するつもりではいた。できなかったけどね」
あのときは借金返済のために、一か八か、ワンチャンどうよ?という切実さで三山タイシに告白するつもりだった。
でもYUNの歌が流れてきて、杏奈は田鍋ケイイチロウに会いたくなってしまったのだ。
まさか途中で三山タイシを見かけ、追いかけたら三山タイシと田鍋ケイイチロウが抱き合ってる場面を目撃することになるとは思ってもいなかった。あまりの衝撃に告白はできず、そのうえ自分が婚約の支度金目当てだとばらしてしまう結果につながったのだ。そのせいで杏奈の想いは宙ぶらりんになっている。
「私、杏奈ちゃんの告白がうまくいかなければいいと願ってしまったの」
「え?」
「ごめんなさい、私、三山君にまっすぐ向かっていける杏奈ちゃんがずっと羨ましくて。振り替え休日の間中、二人がお付き合いを始めていたらどうしようってずっと不安で。杏奈ちゃんは大事なお友達なのに……」
そうだった、学園祭の練習の時からウタちゃんが三山君を好きなのではないかと薄々感づいてはいたのだ。杏奈はそれでも自分の都合を優先させて、ウタちゃんの気持ちを考えようとしていなかった。なのにウタちゃんはずっと悩んで自分を責めていたなんて。いい子すぎる!
「ウタちゃん気にしないで! だって私はお金目的で三山君に近づいたんだから、うまくいかなくて当然だし、むしろ責められるくらいがちょうどいいっていうか」
「でも杏奈ちゃんは、本当に三山君を好きになってしまったんでしょう?」
「え?」
ああ、そうだった。恋バナクラブではまだそういう話になっていて、ちゃんと告白したほうがいいと雪華に言われている。片思いの相手は三山タイシのままになっているのだ。
「杏奈ちゃんの気持ち、よくわかるわ。三山君は本当に素敵な人だから、違う目的で近付いたとしても結果的に心奪われてしまったのよね?」
どうしよう、違うと言ったほうがいい? 杏奈は迷った。
「実は私も似たようなものなの。三山家と善財家は近くなりすぎるとかえって面倒な話になるから、良きクラスメートとして親しくなれれば十分だと思っていたのだけれど……三山君の穏やかや、礼儀正しさ、細やかさ、お顔も涼やかで……恋などしてはいけないお相手だとわかっているのに……」
ウタちゃん、そんなにも三山君のことが好きだったんだ!
「YUN……雪華ちゃんの歌を聴いてやっと決心がついたの。自分に勇気がないだけなのに、杏奈ちゃんの恋が成就しないよう祈るなんて間違っていたのよ。わたし、三山君に気持ちを伝えようと思う。でもその前に杏奈ちゃんにはお話しておこうと思ったの。どんな結果になっても杏奈ちゃんとはこれからもお友達でいたいから」
「ウタちゃん……」
「ごめんなさい、私、勝手よね」
「抱きついてもいい?」
「え?」
返事を待てずに杏奈はウタちゃんに抱きついた。本当に本当にごめんなさい。私のせいでウタちゃんのこと悩ませてしまって。

 三山大紫はうなっていた。
「恋……恋……」
杏奈たちの秘密クラブに入部するため、詩を書かなくてはいけないのだが、まだ何も書けていなかった。パソコンの前に2時間座っていたがなにも書き出せず、次は万年筆をもってノートを開いてみたがノートも真っ白だ。
ノックがして、圭一郎が入って来た。
「大紫様、夜も更けております。そろそろご就寝されたほうがよろしいかと」
「圭一郎はもう書いたのか?」
「と申しますと?」
「詩だ、恋の詩だ」
「ええ、書き終わっております」
大紫は衝撃を受けた。
「それは、その……圭一郎は恋をしたことがあるということか」
「ええ」
2度目の衝撃がきた。
「そうか、そうだよな、俺たちも17歳だ」
相手は誰なのだろう、自分の知っている人物だろうか。聞いてもいいのか? いや圭一郎から何か言うまでは待つべきだ。しかし気になる。
「で、どんな詩を書いたんだ? 参考までに聞いてみたい」
「それは……来週の発表までお待ちください。まだ手直しもしたいので」
「ふうん、そうか。では楽しみにしておこう」
残念だ。圭一郎がどんな詩を書いたか知りたかったのに。いや、それよりも自分だ。圭一郎はすでに詩を書いたのに俺は何も書けていない。このままでは入部させてもらえない。困る。俺はクラブに入って杏奈と話したいのだ。
「大紫様、ちなみにですが、スマートフォンのボイスレコーダーに思いついた言葉をランダムにふきこんで、あとから整理していくと案外良いものが書けるそうです」
「なるほど。詩は書くものと思っていたが、大事なのは響だからな。声に出すというのは理にかなっている。その方法でやってみよう」
「今夜はもう遅いですから、ぜひ明日お試しください」
そういうと圭一郎は「おやすみなさいませ」と言って出て行った。
大紫もベッドに横たわり、スマホのボイスレコーダーを起動する。でもやはりすぐに言葉は出て来ない。
「恋……恋……恋とは涙とため息でできている……ウィリアム・シェイクスピア……」
杏奈が泣いていた。
杏奈が笑っていた。
杏奈が怒っていた。
杏奈が悲しんでいた。
杏奈が驚いていた。
いろんな杏奈がいた。笑った杏奈の顔を思い浮かべながら、大紫は眠りについた。

< 33 / 35 >

この作品をシェア

pagetop