私と御曹司の始まらない恋の一部始終

第7話 学園祭の準備で抜け駆ける!

「今日のホームルームは、学園祭の出し物について話し合ってもらいたい」
そうだった! 学園祭!
学園祭といえば、高校生の男女が勢いで付き合い始める確率ナンバー1のイベントだ。
学園祭は今月末。準備で御曹司に接近し、私に惚れさせ、後夜祭で告白してもらう。これしかない。
杏奈は目を輝かせた。
「まずは実行委員を決めたいが、立候補者は? お、田鍋ケイイチロウ君、ありがとう」
クラスのみんなが振り向き、杏奈の後ろに座っている田鍋ケイイチロウを見た。
「他にいないか?」
ウタちゃんがすっと手を挙げた。
「善財詩子さん、立候補ありがとう。ではこの二人で決まりでいいかな?」
みんなが拍手で承認し、ウタちゃんとケイイチロウが前に出て行く。
「よろしくな、詩子」
いきなりの呼び捨てに、教室中がざわめいた。
田鍋君は誰もかれも呼び捨てにするキャラなの? と杏奈も驚きながら二人を見守る。
田鍋ケイイチロウがウタちゃんに握手を求めた。ウタちゃんは一瞬息を止めたけど、ごく自然にその手を取り「こちらこそ」と微笑んだ。杏奈は本物のお嬢さまの在り方を見た気がした。
 そして今この瞬間、ウタちゃんも田鍋君と話す権利を得たわけだ。ウタちゃんはやはり杏奈にとって強敵になりそうだ。
 すると桜月が立ち上がり
「私も協力するね!」
と“ウタちゃんに向かって”言った。
「おお、よろしくな」田鍋ケイイチロウが桜月に声をかける。
「君はえーと……」
「城之内桜月です。よろしくね、田鍋くん」
「桜月だな、覚えたぞ」
桜月はにっこり笑って着席した。
桜月ちゃん、やるな~。
ライバルはウタちゃんだけじゃない。みんなが淑女協定を順守しつつも、まずは執事の田鍋君、そして三山君へ近づこうとしている。
杏奈は斜め後ろに座る三山タイシをチラ見した。三山タイシはにこやかな顔で田鍋君を見ていた。

 その後のホームルームは実に活発だった。
「意見のある人はいますか?」
と言いながら、ウタちゃんが仲良しの女子を見る。するとその子が挙手する。ウタちゃんは田鍋君を見る。自然な流れで田鍋君が「名前は?」と聞き、「桂木彩芽です」「では彩芽の意見を聞こう」となっていく。
ごく自然に、田鍋君は女子に自分から声をかけ、名前も憶えていく。ついでに呼び捨てにしていく。最初は衝撃だった田鍋君の呼び捨ても、みんな次第に面白がっている感じだった。
結果的にクラスの女子のほとんどが挙手して発言し、田鍋君に対する淑女協定はみんながクリアしたはずだ。
杏奈はウタちゃんの采配をあっぱれと思った。
女子にとっては三山家の執事に近づきたいのではなく、あくまで学園祭に協力的な態度を取っただけと言い訳もできる。ウタちゃんが審判者になっているのは、フェアーでスマートだからなのだろう。S組のお金持ちは本当の上流階級の子女たちなのだと、A組のゆりぴょんが言っていたのを思い出す。

S組は「とびだせライオンキングダム」という劇をすることに決まった。
外部からもお客が来る学園祭では、S組の生徒たちは基本的に顔出しNGという暗黙の了解があるらしい。そのため例年は人形劇をするのだが、今年は田鍋君がゴリ押しして、特殊メイクをほどこしての演劇になった。さらに田鍋君が主役をつとめるという。いつのまにか田鍋君のペースで話し合いが進んでいる。執事の家系に生まれたから調整がうまいのかなと思ったけど、単純に本人が出たがりに見える。変なやつだ。
そして杏奈は、三山タイシが舞台監督に立候補したのを見て、すかさず脚本係に立候補した。監督と脚本、二人で話し合う機会が多そうだからだ。
「三山君のイメージを聞いてから脚本を書きたいから、放課後話せないかな?」
「そうですね。明日はどうでしょうか」
「わかった。楽しみにしてる」
ふふふ。事実上のデートの約束よね?
会話を聞いていた桜月が、驚いた顔をしてウタちゃんに何か言っている。
S組の女の子たちが淑女協定を守って、ようやく田鍋君と話せるようになったなら、私はもっと先を行かなくちゃ。そのせいで女子に悪口言われたって気にしない。友情よりも借金返済。婚約からのハッピーウェディング。なにもかもうまくいく明るい未来のために、私は頑張らなくちゃ。
……またお腹がへんな感じだけど、大丈夫大丈夫。

「つきました」
杏奈を乗せた日下部家の車がとまって、運転手に告げられた。
運転手がドアを開け、杏奈が降りたのは、都心の一等地にある有名なビルだった。
「ここが日下部さんの家?」
杏奈がS組編入の条件として引き受けた、日下部さんの不登校解決のため、放課後杏奈は日下部家を訪問することになったのだ。
昼休みにさりげなく日下部雪華のことを聞いてみたが、S組では病気療養中という話になっていた。
戸惑いながらビル内に入ると、無駄に広い空間の中に、受付、エレベーターホール、カフェがある。
フロア案内があったので見てみると、複数の企業の名前が書いてあり、オフィスビルで間違いない。ただ普通のオフィスビルと違うのは、日下部美術館もテナントとして入っていることだ。日下部美術館は日本の伝統美術のコレクションで有名で……と、たった今杏奈はスマホで調べて知った。
 いやしかし日下部と名前がついても美術館なんだから、ここに住んでいるわけはないだろうし……杏奈が考えていると「佐藤杏奈様ですか? こちらへどうぞ」と和服姿の女性に声をかけられた。
 和服の女性は杏奈を、奥まったエレベーターに案内していく。エレベーターにのると行き先階ボタンは2つしかなかった。日下部美術館のある階と、37階……って最上階?
 驚いたことに、都心の一等地のオフィスビルの最上階が日下部家の住まいだった。和服姿の女性は日下部家の女中さんらしく「奥様は本日お出かけです。雪華お嬢さまのお部屋はこの奥になります」と言うと下がってしまった。
 杏奈は雪華の部屋のドアをノックしてみるが返事はない。
「こんにちは。S組に編入した佐藤杏奈です。少しお話できますか?」
少し待ったが返事はない。
仕方なく杏奈はドア越しに、学園祭の準備が始まりS組がやる劇のこと、同じく編入した男子の一人が主役をやることなどを話した。それが三山家の御曹司の執事だということはとりあえず黙っておいた。
 反応がないので、杏奈はメモ用紙に自分のメールアドレスを書いて、ドアの下の隙間から部屋に入れる。
「授業のまとめも送りたいから、そのメールアドレスにメールしてほしいの」
S組の授業は基本的にタブレットで、教師の作成したパワポ資料にタッチペンで書き込んでいくスタイルで、あまりの便利さに杏奈は感激していた。日下部雪華への授業のフォローアップも、デジタルノートならとても簡単だ。
雪華の部屋からは物音すらしない。本当に部屋にいるのだろうか。それとも心を閉ざしてる?
S組編入を続けるためにも、雪華の不登校の原因をつきとめて、なんらかの成果をださなくては……。杏奈はぐっとお腹に力をこめて日下部家を出た。

三山大紫は上機嫌だった。
「圭一郎、今日の俺を見たか」
「はい。さすが大紫様でした。学園祭の実行委員としてあっという間にクラスをまとめあげた手腕、お見事でした」
「うん、とくに女子があんなにも協力的とは驚いた」
「大紫様のリーダーシップの賜物ですね」
大紫は少し不服な顔をし、小さな声で「もしかすると俺は女子に人気があるのじゃないかと思ったのだが……」
圭一郎はハッとして「たしかに。今日のあれは、大紫様が女子生徒に人気があるという証拠でございます。みなこぞって大紫様に協力しておりました」と言い直した。
「だよな! 圭一郎もそう思うか」にわかに大紫の機嫌がよくなる。
「はい、三山家のご嫡男という身分を隠しても、大紫様の魅力は伝わってしまうのですね」
大紫は満足そうにうなずいた。
「だが圭一郎、お前の態度は良くないぞ」
「わたくしでございますか?」
「佐藤杏奈に名前で呼んでほしいと言われて赤くなっていたじゃないか。お前が赤くなったら三山大紫が女子に話しかけられて赤くなったことになるんだ、気を付けてくれ」
「申し訳ございません」
「いいことを教えてやろう」
「はい」
「女子を女子と思わず、仲間と思うことが大事だ。そしてイギリスでは挨拶を交わしたらメアリーと名で呼ぶのが当たり前だったことを思いだすのだ」
「ああ、チャールズの妹君ですね。ですがわたくしはあの時もメアリ様をレディとかマドモアゼルとお呼びしていまして」
「はあ、圭一郎。お前ってやつは本当に……」
「申し訳ありません」
「まあいい、ただあの女子には気を付けたほうがいい」
「あの女子とは?」
「佐藤杏奈だ。他の女子と違って、お前にだけ近づこうとしている。つまり三山家の息子だから、ということだ」
「実は明日の放課後、学園祭の劇の打ち合わせをする約束をしてしまったのですが」
「なんだと!」
「申し訳ございません。監督と脚本という役割なものですから」
「だったら主演の俺も参加する。お前ひとり行かせるのは心配だ」
「大紫様、わたくしの心配をしてくださるのですか?」
「違う、俺の名誉を心配しているんだ」
三山大紫は、策を考えようと、まずは紅茶をいれてほしいと圭一郎に命じた。
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