私と御曹司の始まらない恋の一部始終
第8話 スコーンにはクロテッドクリーム、今日の紅茶はキーマンで
「あれ、田鍋君も来たの?」
放課後、S組カフェテリアで御曹司を待っていると、なぜか田鍋ケイイチロウも一緒にやってきた。
「俺は執事だからな。どんなときもタイシと一緒にいるのさ」
田鍋君は三山君の肩になれなれしく腕をかけている。
執事ってこんなに態度でかくていいの? 三山財閥はもう少し人選を考えたほうがいいのでは?と杏奈は思う。
「ケイイチロウは実行委員で主演も務めるので、同席してもらったほうがいいと思ったのですが」
「私も同じこと思ってた」
しれっと杏奈は言ってのけた。御曹司が言うなら従うしかない。まだ手はある。
「もう何か頼まれましたか?」
三山君がS組用アプリを開いて聞いてきた。
「まだだけど……」
杏奈もアプリを使えるようになったが、高級ホテルのコーヒーラウンジ並のカフェテリアで頼める者はない。フリードリンクになっているソフトドリンクにするつもりだった。
「では私にご馳走させてください」
え?
「俺、キーマンね」
「ああ、いいですね。佐藤さんは?」
「同じもので」
……キーマンって何?
しばらくして杏奈たちの前にティーセットとスコーンとジャムとバターのようなものが運ばれてきた。
キーマンとは紅茶の種類らしい。
三山君のマネをして、ポットから紅茶を入れる。花のような柔らかな香りが立ち上がった。
「いい香り……」
「まあまあだな」
田鍋ケイイチロウが偉そうに言い、杏奈はムッとした。
ケイイチロウはすぐにスコーンに手を伸ばし、2つに割ると、バターかチーズみたいなのをのせ、さらにジャムをのせて口に入れると、紅茶を一口飲んだ。
「うん、悪くない」
杏奈もマネをして、スコーンを口に入れる。
んん? もさもさしてる……?!
「紅茶を飲め」
ケイイチロウに言われて杏奈は紅茶を口に含んだ。あ、おいしい。
「クロテッドクリームは改善の余地があるな」
「そうですね」
クロテッドクリームっていうんだ。杏奈は残りのスコーンにたっぷりとクリームをのせた。
スコーンと紅茶をいただきながら、三山タイシと田鍋ケイイチロウを観察する。
三山タイシの紅茶の飲み方もスコーンの食べ方も、動きに無駄がなくて、上品で洗練されていると思う。さすが御曹司、って感じ。
一方で、がさつに思えた田鍋ケイイチロウも、手さばきが妙に綺麗で、意外とさまになっている。キザったらしくてカッコつけてる感じがするけど。
この人たちはやっぱり上流階級なのだと思う。杏奈のいたA組も裕福な子ばかりだったけど、流行りのスイーツに敏感なだけだった。手に余るお金を使うことが楽しくてはしゃいでいるだけの子供たち。杏奈の家だって典型的な成金家庭だった。
そして一瞬にしてお金を失い、どこかへ消えた私の両親。
ほろ苦い気持ちを抑えたくて、杏奈はスコーンにたっぷりジャムをつけた。
劇についての話し合いはスムーズだった。
杏奈がアイディアを話すと、三山タイシが的確に補足してくれて同じイメージを共有できていると安心できた。頭が良くて教養がある人なのだ。少しずつだけど杏奈と目をあわせてくれるようになったのも嬉しい。端正な顔立ちで、目があうと杏奈のほうが照れてしまいそうだ。
この人が、本当に私を好きになってくれたら。
純粋な気持ちで願ってしまい、杏奈はあわてて否定する。婚約して支度金一億円を貰えれば、我が家の問題は解決する。それで十分すぎる。それ以上望んだら地獄が待っている。一瞬だけどウェディングドレスまで想像した自分が急に恥ずかしくなった。
「ワイヤーを使って宙づりで登場したら盛り上がると思うのだが、どうだ」
田鍋ケイイチロウが突然アホなことを言いだした。
「検討しましょう」
は?! 検討するんですか、三山君! お金持ちの世界はやっぱりわからない。
「クロテッドクリーム? 知ってるよ。スコーンにつけて食べるとおいしいよね」
夜、いつものようにラーメンを作って妹弟に食べさせながら、ふとクロテッドクリームの話をしたら、妹の響がスコーンを食べたことがあるというので驚いてしまった。
「どこで食べたの?」
「ピアノの先生のおうち」
響は3歳でピアノ教室に行き始めると瞬く間に才能を発揮し、6歳からは有名な元音大教授のレッスンを受けている。
響に期待をかけた両親が秀礼学園の初等部を受験させ、私もそのついでに中等部を受験させられて、今に至っているのだ。
響と弟の游は、佐藤家の金回りのいい時しか知らない。だから響はスコーンにクロテッドクリームをぬって紅茶と一緒にいただく愉しみを知っていた。私が小学生のときは、スーパーで買ったマーガリン入りロールパンをおやつとして食べていたっけ。
「響はすごいね。我が家のお姫様だもんね」
「でも先生がお紅茶はまだ早いわって、ホットミルクを出してくれるの。私、紅茶が飲みたいな」
「もう少し響きが大きくなったらね」
「僕も!」
「游はまだずっと先よ」
姉妹弟3人で仲良く笑いあう。
不公平だなんて思わない。むしろ響と游にはこのままでいてほしい。響がウタちゃんのような優しくて品のある女子高生になり、游が三山君のような洗練された好青年になれたら、私は幸せだ。
翌日。
「台本を途中まで書いてみたから、今日の放課後、見てもらえる?」
1時間目が始まる前に、杏奈は堂々と三山タイシに話しかけた。
「喜んで」
相変わらず涼やかで品がある。
「俺の決めセリフ、ちゃんと書いたか?」
田鍋君は相変わらず図々しい。今日も三山君にくっついてくるのかと思うとうんざりする。でも執事に気に入られなければ婚約者にはなれない。
「いくつか書いてみたから、田鍋君の意見も聞きたいな」
「やるじゃないか杏奈」
だんだん田鍋君の呼び捨ても気にならなくなってきた。三山君も私を杏奈と呼んでくれないだろうか……。
どうでもいいことだけど、S組の男子は田鍋君をずいぶん慕っているみたい。女子を呼び捨てにしたことが衝撃だったらしく、何人かの男子が真似をしはじめて、うまくいったり玉砕したりしている。
昼休み、カフェテリアで桜月が杏奈の横に座った。
「杏奈ちゃん、学園祭の準備頑張ってるね」
「うん、早くこのクラスになじみたくて」
「ふうん。杏奈ちゃんが仲良くしたいのは三山君だけかと思った」
来た。後ろ指さされるのは覚悟してたけど、真正面から来た。
「そんなこと」
「安心して。審判者のウタちゃんが黙ってる間は、なにも起こらないから」
桜月がにっこりと笑って言った。
放課後、S組カフェテリアで御曹司を待っていると、なぜか田鍋ケイイチロウも一緒にやってきた。
「俺は執事だからな。どんなときもタイシと一緒にいるのさ」
田鍋君は三山君の肩になれなれしく腕をかけている。
執事ってこんなに態度でかくていいの? 三山財閥はもう少し人選を考えたほうがいいのでは?と杏奈は思う。
「ケイイチロウは実行委員で主演も務めるので、同席してもらったほうがいいと思ったのですが」
「私も同じこと思ってた」
しれっと杏奈は言ってのけた。御曹司が言うなら従うしかない。まだ手はある。
「もう何か頼まれましたか?」
三山君がS組用アプリを開いて聞いてきた。
「まだだけど……」
杏奈もアプリを使えるようになったが、高級ホテルのコーヒーラウンジ並のカフェテリアで頼める者はない。フリードリンクになっているソフトドリンクにするつもりだった。
「では私にご馳走させてください」
え?
「俺、キーマンね」
「ああ、いいですね。佐藤さんは?」
「同じもので」
……キーマンって何?
しばらくして杏奈たちの前にティーセットとスコーンとジャムとバターのようなものが運ばれてきた。
キーマンとは紅茶の種類らしい。
三山君のマネをして、ポットから紅茶を入れる。花のような柔らかな香りが立ち上がった。
「いい香り……」
「まあまあだな」
田鍋ケイイチロウが偉そうに言い、杏奈はムッとした。
ケイイチロウはすぐにスコーンに手を伸ばし、2つに割ると、バターかチーズみたいなのをのせ、さらにジャムをのせて口に入れると、紅茶を一口飲んだ。
「うん、悪くない」
杏奈もマネをして、スコーンを口に入れる。
んん? もさもさしてる……?!
「紅茶を飲め」
ケイイチロウに言われて杏奈は紅茶を口に含んだ。あ、おいしい。
「クロテッドクリームは改善の余地があるな」
「そうですね」
クロテッドクリームっていうんだ。杏奈は残りのスコーンにたっぷりとクリームをのせた。
スコーンと紅茶をいただきながら、三山タイシと田鍋ケイイチロウを観察する。
三山タイシの紅茶の飲み方もスコーンの食べ方も、動きに無駄がなくて、上品で洗練されていると思う。さすが御曹司、って感じ。
一方で、がさつに思えた田鍋ケイイチロウも、手さばきが妙に綺麗で、意外とさまになっている。キザったらしくてカッコつけてる感じがするけど。
この人たちはやっぱり上流階級なのだと思う。杏奈のいたA組も裕福な子ばかりだったけど、流行りのスイーツに敏感なだけだった。手に余るお金を使うことが楽しくてはしゃいでいるだけの子供たち。杏奈の家だって典型的な成金家庭だった。
そして一瞬にしてお金を失い、どこかへ消えた私の両親。
ほろ苦い気持ちを抑えたくて、杏奈はスコーンにたっぷりジャムをつけた。
劇についての話し合いはスムーズだった。
杏奈がアイディアを話すと、三山タイシが的確に補足してくれて同じイメージを共有できていると安心できた。頭が良くて教養がある人なのだ。少しずつだけど杏奈と目をあわせてくれるようになったのも嬉しい。端正な顔立ちで、目があうと杏奈のほうが照れてしまいそうだ。
この人が、本当に私を好きになってくれたら。
純粋な気持ちで願ってしまい、杏奈はあわてて否定する。婚約して支度金一億円を貰えれば、我が家の問題は解決する。それで十分すぎる。それ以上望んだら地獄が待っている。一瞬だけどウェディングドレスまで想像した自分が急に恥ずかしくなった。
「ワイヤーを使って宙づりで登場したら盛り上がると思うのだが、どうだ」
田鍋ケイイチロウが突然アホなことを言いだした。
「検討しましょう」
は?! 検討するんですか、三山君! お金持ちの世界はやっぱりわからない。
「クロテッドクリーム? 知ってるよ。スコーンにつけて食べるとおいしいよね」
夜、いつものようにラーメンを作って妹弟に食べさせながら、ふとクロテッドクリームの話をしたら、妹の響がスコーンを食べたことがあるというので驚いてしまった。
「どこで食べたの?」
「ピアノの先生のおうち」
響は3歳でピアノ教室に行き始めると瞬く間に才能を発揮し、6歳からは有名な元音大教授のレッスンを受けている。
響に期待をかけた両親が秀礼学園の初等部を受験させ、私もそのついでに中等部を受験させられて、今に至っているのだ。
響と弟の游は、佐藤家の金回りのいい時しか知らない。だから響はスコーンにクロテッドクリームをぬって紅茶と一緒にいただく愉しみを知っていた。私が小学生のときは、スーパーで買ったマーガリン入りロールパンをおやつとして食べていたっけ。
「響はすごいね。我が家のお姫様だもんね」
「でも先生がお紅茶はまだ早いわって、ホットミルクを出してくれるの。私、紅茶が飲みたいな」
「もう少し響きが大きくなったらね」
「僕も!」
「游はまだずっと先よ」
姉妹弟3人で仲良く笑いあう。
不公平だなんて思わない。むしろ響と游にはこのままでいてほしい。響がウタちゃんのような優しくて品のある女子高生になり、游が三山君のような洗練された好青年になれたら、私は幸せだ。
翌日。
「台本を途中まで書いてみたから、今日の放課後、見てもらえる?」
1時間目が始まる前に、杏奈は堂々と三山タイシに話しかけた。
「喜んで」
相変わらず涼やかで品がある。
「俺の決めセリフ、ちゃんと書いたか?」
田鍋君は相変わらず図々しい。今日も三山君にくっついてくるのかと思うとうんざりする。でも執事に気に入られなければ婚約者にはなれない。
「いくつか書いてみたから、田鍋君の意見も聞きたいな」
「やるじゃないか杏奈」
だんだん田鍋君の呼び捨ても気にならなくなってきた。三山君も私を杏奈と呼んでくれないだろうか……。
どうでもいいことだけど、S組の男子は田鍋君をずいぶん慕っているみたい。女子を呼び捨てにしたことが衝撃だったらしく、何人かの男子が真似をしはじめて、うまくいったり玉砕したりしている。
昼休み、カフェテリアで桜月が杏奈の横に座った。
「杏奈ちゃん、学園祭の準備頑張ってるね」
「うん、早くこのクラスになじみたくて」
「ふうん。杏奈ちゃんが仲良くしたいのは三山君だけかと思った」
来た。後ろ指さされるのは覚悟してたけど、真正面から来た。
「そんなこと」
「安心して。審判者のウタちゃんが黙ってる間は、なにも起こらないから」
桜月がにっこりと笑って言った。