捨てられ令嬢は田舎で新たな家族と夢をかなえることにします!
 普通、主人と使用人は一緒に食事をとることはない。というか、貴族の食卓って静かだ。家族で顔を合わせていても、会話はほとんどないし。正直言って、あれはくつろげない時間だった。

 でも、今は違う。そう、私は自由なのだから。

 私はみんなの仲間になりたいし、家族になりたいの。だから、食事も一緒がいい。そんな子供みたいなだだをこねたら、あっさりみんなうなずいてくれた。そんな訳で、昨日の夕食からずっと、私はみんなと同じ食卓を囲んでいる。楽しい。

 ポリーは穏やかな顔で自家製ヨーグルトをのんびり食べているし、ブルースは豪快にシチューをかっ込んでいる。気持ちのいい食いっぷりだ。

 ステイシーは小さくパンをちぎりながらも、その視線はちらちらと庭のほうを向いていた。よほど気になっているらしい。

 そろそろ、話してもいいかな。居住まいを正して、口を開く。

「みんなに話しておきたいことが、あるのだけれど……」

 そう言ったら、ブルースとステイシーがわくわくした顔になった。見た目はまるで違うのに、そうしていると年齢の離れた兄妹みたい。

「実は私、ギフトを持っているの。好きなところに好きな植物を生やせる、そんな力よ」

「さっきのあれだなぁ。本当にすごかったぞ」

 大きな笑みを浮かべるブルースとうなずき合って、さらに言葉を続ける。

「それでね、この力を使って、ここの庭にあれこれ植えてみようと思って」

 するとポリーが、ふんわりと微笑んだ。

「まあ、それは素敵ですねぇ。私たち三人では、どうしてもお庭まで手が回りませんでしたから。さしずめアリーシャさんは、新人の庭師といったところでしょうか」

 彼女のたとえがくすぐったくて、こちらまで笑顔になってしまう。

「ふふ、植物を生やすのはともかく、手入れのほうはこれから学ばないといけないのだけれど。それでね……みんなにお願いがあるのよ。このギフトについては、秘密にしてほしいの。私たち四人だけの、秘密に」

 声をひそめてそう言ったら、ステイシーが目を丸くした。

「あの、どうしてですか、お姉様……素敵な力だと思いますけど……」

「素敵だからこそ、危険なの。この力には、様々な可能性があるから」

 まだ話が理解できていないらしいステイシーとブルースに、ゆっくり説明していく。

「その気になれば、いくらだって悪用できるの……例えば、触れるだけで激痛に襲われるような恐ろしい毒草を、誰かのお庭にこっそり生やしたりとか」

 父が私の本当の力を知っていたら、それくらい命じただろうなと思いながらつぶやく。あの人は、そういう人だったから。

 私がこのギフトに目覚めたのは、お母様と二人で庭を散歩している時だった。突然庭の片隅にタンポポを生やしてしまった幼い私に、お母様はこう言ったのだ。

『あなたの力は、可能な限り隠しなさい。もしばれてしまったら、タンポポしか生やせないことにしなさい。安全な場所で自由に生きられるようになる、その日まで』

 しかしその様子を遠くから使用人に見られていて、私がギフトに目覚めたことはすぐに明らかになってしまった。だから私はそれからせっせと、ひたすらにタンポポを生やし続けていたのだった。

 そんなあれこれを思い出しつつ、不安げなステイシーに笑いかける。

「大丈夫よ。もしよその人に怪しまれたら、『庭の草花は、私が近くの草原や森で見つけてきたものを、ここまで持ってきて植え替えた』と答えればいいわ」

 この屋敷には、食料なんかを運んでくる馬車くらいしかやってこない。田舎すぎて、近くの街道を通るものもめったにいないらしい。

 だからせっせと庭を広げていても、すぐに人目について大騒ぎになるようなことはないだろう。もし怪しまれても、この言い訳でなんとかなるはず。

「……わたし、絶対に秘密を守りますから」

「もちろんですよ。せっかくアリーシャさんが楽しそうにしておられるのに、水を差すなんてとんでもない」

 真剣な顔でぎゅっと拳を握るステイシーと、やはりほんわかと答えるポリー。

「俺、口下手だからなぁ。でもご主人様のためだ、頑張るぞぉ」

 そしてブルースは、頼もしく明るく笑ってくれた。

「……ありがとう、みんな」

 たったこれだけの言葉が、不思議なくらいに胸に染みる。思えば八歳でお母様を亡くしてからもう十年、私はずっと孤独の中で生きてきた。そのせいか、人の温もりに飢えていたのかも。

 じわりとにじむ涙をまばたきでごまかして、明るく続ける。

「それでね、協力してもらうお礼と言ったらなんだけど……こんなお庭があったらいいのになっていう希望があったら、ぜひ教えて。私も、色んなお庭を作ってみたいから」

 すると同時に、みんながとびきりの笑顔でうなずいてくれた。

 元の穏やかな空気が戻ってきた食堂で、あれこれお喋りしながら食事を続ける。お母様、ようやく私は安全な場所を見つけたかもしれませんと、心の中でそうつぶやきながら。



 昼食後、私はまたすぐに庭に出ていた。ブルースを連れて。

「ここまでが庭で、ここからが外だなぁ」

 普段庭を歩いているだけあって、彼は庭と外の境界を知っていた。よくよく目を凝らすと、足元の雑草の間に、古びて半ば砕けたレンガが残っている。

 庭はおいおい整えていくとして、大急ぎで広い畑を作っておきたい。食事中にそう言ったら、いい場所があるとブルースが答えたのだ。

「広いし、大きな岩もないし、何より土が肥えてていいんだ」

 そう言って彼が指さしたのは、庭の外だった。まだ春の初めだというのに、既にもさもさと草が生えている。この感じ、確かに土は肥えているみたいだけど。

「そのせいか、庭よりずっと雑草が多いわね……これ、抜くだけで何日もかかりそう……」

 植物を生やすのは、私のギフトであっという間だ。しかし雑草を抜くのはかなり面倒くさい。午前中の作業で、嫌というほど思い知らされた。すると、ブルースが朗らかに笑った。

「任せろ、ご主人様。これくらいなら朝飯前だぞぉ。あ、今は昼食後かぁ」

 そんなことを言いながら、ブルースは持ってきていた古いクワで、がんがん地面を掘り返し始めたのだ。新しい土の匂いと草の香りが、辺りにぷんと漂う。

 彼はあっという間に、うねを一本作り上げていた。うねの端っこでこちらを振り返り、得意げに笑っている。

「……素晴らしい手際ね……腕力と体力も、見事だわ……」

「ははっ、だろう?」

 さわやかな笑顔をこちらに向けて、ブルースがまたクワを振るう。二本目のうねを作りながら、どんどんこちらに近づいてくる。まるで突進する猛牛だ。いや、違うな。トラクターだ。人力トラクター。

 そんなことを考えながら、草原がものすごい速さで黒い土の畑に変わっていくのを見守る。

 私が広い畑を作りたいと言い出したのには、もちろん訳がある。

 この屋敷に来るまでは、今後どうするか決めていなかった。ひとまず一年はここで暮らせるようだし、その間にゆっくり考えようと思っていた。ここに残るか、それともまたどこかに移るか。

 でもたった一晩で、私は決意していた。ここで四人一緒に、ずっとのんびり暮らすのだと。

 そのためには、お金がいる。へそくりはあるけれど、さすがにそう長くはもたない。何か、稼ぐ手段がいる。せっかくこんな便利なギフトがあるんだし、これを活用しない手はない。

 という訳で、ハーブの畑を作ろうと思い立ったのだ。

 この国では、流通するハーブの種類は限られている。元々国内に自生していたものだけを、細々と栽培しているからだ。

 だから貴族たちは、わざわざ外国から取り寄せたハーブを用いた、変わったハーブティーで客をもてなすことをステータスとしていたりする。

 でも私は知っている。ずっと遠くの国で自生するハーブであっても、植えてみれば案外なんとかなるのだということを。植物は意外と順応性が高いのだ。それに私の力があれば、はるばる種や苗を運ぶ必要もないし、失敗してもいくらでもやり直せる。

 この国では珍しいハーブをたくさん植えて、珍しいハーブティーの茶葉を作って売る。お金を稼ぐために私が考えたのは、そんな方法だった。

「ようし、できたぞぉ。これくらいでいいかぁ?」

 そんな声に、我に返る。いつの間にか私の目の前には、ちょっとした畑ができてしまっていた。ブルースはその横に立ち、さわやかに笑っている。これだけ動いたのに、汗一つかいていない。

「ありがとう。本当に見事ね。……それじゃあ、今度は私の番ね」

 そう言ってかがみ込み、すぐそばのうねにそっと触れる。さてギフトを使おうかと思ったその時、土の中から何かがにょろっと。

「きゃあ!」

 驚いた拍子に、しりもちをついてしまう。い、今のって、もしかして!?

「ん? ああ、ミミズだなぁ。肥えた土にはよくいるぞ」

 土の上でうにょうにょしているミミズに、ブルースが優しい目を向けている。

 前世では、ガーデニング雑誌なんかもよく読んだ。でもそこに載っているのはきれいな花や、素敵な庭の写真ばかりだった。

 そして私は、都会暮らしの会社員とか伯爵家の娘とか妻とかとして生きてきて、ずっと庭いじりとは無縁だったのだ。もちろん、ミミズをまじまじと見るのは初めてで……ああ、びっくりした。

「大丈夫ですか、お姉様!」

 地面にへたり込んだままため息をついていたら、ステイシーが突っ込んできた。とても心配そうな顔だ。どうやら、さっきの悲鳴を聞いて駆けつけてくれたらしい。

「ええ、大丈夫よステイシー。ちょっと驚いただけだから。その……ミミズに」

 すると、ブルースがのほほんと口を挟んでくる。

「ご主人様、右手のところにもミミズがいるぞぉ」

「きゃっ!」

 弾かれるように身をよじると、隣にひざまずいたステイシーが首をかしげた。

「お姉様、ミミズは苦手、ですか……?」

「というより、虫はだいたい駄目なのよ……」

「おーいご主人様、でっかいツチイナゴがそっち行ったぞぉ」

 相変わらずのんびりとしたブルースの声に続いて、ぶおんという低い羽音が聞こえてきた。え、何これ、怖っ!

 どうしていいか分からずに、とっさに身を丸める。すると頭上から、静かな声がした。

「……お姉様を驚かせないでください」

 そろそろと顔を上げると、いつになく険しい顔でステイシーが何かをつかんでいた。……もしかして、あれが、ツチイナゴ? まさか、空中で捕まえた?

 彼女は立ち上がると、私から離れたところでツチイナゴをそっと解放している。なんというか、慣れた動きだ。

「……ステイシーって、意外とたくましいのね。あんな大きな虫を、平気でわしづかみにするなんて……」

 こちらに戻ってきた彼女にそう声をかけると、彼女はぽっと頬を染めて恥じらった。

「あの、わたし、田舎の出なので……。その、お姉様の役に立ててよかったです」

「ええ、助かったわ」

「いい動きだったぞぉ、ステイシー」

 ブルースの言葉に、ステイシーがさらに恥ずかしそうに縮こまる。

 ああ、いいな。こういう和やかな時間って。温かな日差し、土の香り、明るい笑い声。

 よし、頑張ろう。私の新しい居場所を守るため、そして念願のガーデニングざんまいのために。

 決意も新たに、ゆっくりと身を起こす。それからそろそろと、もう一度うねに手を触れた。……ミミズがいないか、しっかりと用心しながら。
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