捨てられ令嬢は田舎で新たな家族と夢をかなえることにします!
 それから私は毎日、庭の手入れにいそしんでいた。草ぼうぼうの庭は、今では春の花畑のようになっていた。

 ギフトのおかげで、植物を生やすのだけはあっという間だ。もっともそこからは、きちんと世話してやらなくてはならない。みんなと協力して、せっせと庭を動き回る。

 ……知らなかった。ガーデニングって、結構重労働だったのね。

 毎日花壇と畑を見て回って、水が足りないところには水をまいて、伸びすぎた枝は刈り込んで、枯れた枝葉は取り除いて。思っていたよりかなり忙しい。

 それまでは質素なワンピースを着ていたけれど、この格好で庭仕事は大変だ。なのでポリーとステイシーに手伝ってもらって、大急ぎで服を縫い上げた。ゆったりとした長ズボンと、飾り気のないブラウス、それも丈夫な綿と麻でできたものを。

 まるで男のようではあるけれど、ここにいるのは私たち四人だけなので気にしない。髪をざっくりとポニーテールにして、意気揚々と庭に繰り出す。

「……ツルバラの留め方って、これでいいのかしらね?」

 そして今私は、柔らかなツルを伸ばすバラと格闘していた。放っておいたら適当なところにからみついてしまうから、その前にしかるべき方向に誘導してやるのだ。

 ブルースが作ってくれた素朴な木のフェンスに、もさもさのバラの枝を引き寄せて、麻紐(あさひも)でくくりつけて……トゲがない種類だからいいようなものの、今度は誰かに手伝ってもらおう。枝をつかまえながら紐を結ぶのって、結構難しい。

「このバラがうまくいったら、この辺りにローズガーデンを作ってもいいかな……ちょうど近くに、小さなあずまやもあるし」

 咲き誇るバラに囲まれて、みんなで優雅にお茶を飲む。いいなあ、それ。

「とはいえ、バラはハーブよりずっと難しいっていうし……ハーブですらあれじゃあ、ね」

 さっき見回った畑の惨状を思い出し、ため息をつく。

「どうしました、アリーシャさん?」

 すると、通りがかったポリーが首をかしげながら近づいてきた。彼女は老齢ということもあって、畑仕事には参加していない。だから、畑の異変もまだ知らないのだろう。

「それがね、畑のハーブがちょっと……」

 作業の手を止めて、畑について説明する。庭の西側に広がる畑、その一角に植わったハーブが、明らかにご機嫌斜めだった。水はやったし、虫はいない。日差しもいい感じ。なのに日に日にしおれていって、今朝見たら枯れていた。

「新しく植えるのは簡単なんだけど……枯れた原因が分からないと、また枯らしてしまいそうで……」

「でしたらちょっと、見にいってみませんか?」

 眉間にしわを寄せていたら、ポリーが穏やかに微笑んだ。その笑顔に励まされつつ、こくりとうなずく。

 作業をいったん中断して、二人で畑の隅に向かう。比較的小川に近い一角、そこだけ何も植わっていない。枯れたハーブを、抜いたところなのだ。

「たぶん、水が多すぎたんでしょうねぇ。ほらここだけ、ちょっと粘土が多いんですよ。こういう土は、水はけが悪くなるらしいですから」

 ポリーはそこにかがみ込むと、土を触ってそう言った。急いで、同じように土に触れてみる。確かに……土がべたべたしているような?

「新しく畑を切り拓く時には、よくこんなことがあるのだと、昔そう聞いたんですよ。親から受け継いだ畑を耕していれば、あまり起こらないらしいんだとか。だから農夫でも、知らない人は割といるみたいですね」

「さすが、ポリー! 物知りね! もしかして、解決策も知ってたりしない?」

「はい。腐葉土なんかをたっぷり混ぜ込んであげれば、ふかふかのいい土になるんだそうですよ」

 すがるように尋ねてみたら、彼女はちょっぴりおかしそうに笑いつつ答えてくれた。

「ありがとう! さっそく、ブルースに頼んでみるわ!」

「ふふ、お役に立てて何よりですよ」

 そうして、また二人で屋敷のほうに戻っていく。途中、庭で作業をしているステイシーと行き合った。彼女が手にしている小さな袋が、気のせいかもぞもぞと……。

「あ、お姉様、ポリーさん」

「精が出るわね、ステイシー」

 明るく挨拶しながら、視線をさっとそらす。たぶん今彼女は、害虫駆除の途中だ。

 上品でおとなしい彼女には、意外にもワイルドな一面があった。ほとんどの虫は素手でつかむし、危険な虫も顔色一つ変えずに倒してしまう。彼女のおかげで、庭で叫ぶことも減っていた。ありがたいけれど、あの袋の中身については考えたくない。

 その時ひらりと、(ちょう)が近くを通り抜けていった。晴れた日の空のような色をしたその蝶はうっすらと透き通っていて、まるでガラス細工のようにすら見える。

「まあ、きれいな蝶……」

 思わず手を伸ばしたら、蝶が指先に止まった。息をするのも忘れて、じっと蝶を見つめる。ステイシーとポリーも、目を丸くして蝶に見入っていた。

 と、不意に蝶がひらりと飛び立つ。

「あ、待って」

 つい、蝶を呼び止めてしまった。そんなことをしても意味はないと、分かっているのに。

 けれどその蝶は、くるりと円を描いて、またこちらに近づいてきた。まるで私の言葉を理解したかのような、そんな動きだった。私たちの前をもう少し飛んでから、蝶はまた花畑の向こうに飛び去ってしまう。

 三人でぽかんとそちらを見つめていたら、ステイシーがぼそりとつぶやいた。

「……お姉様が虫に触るところ、初めて見ました……」

「蝶は例外よ。きれいだもの」

「でも、蝶の子供は……」

 そう言って、彼女はすぐそばの枝にちらりと目をやる。そこにはきれいな黄緑色の、むにむにとしたイモムシが……。

「あれはあれ、これはこれ!」

 大あわてでイモムシから目をそらしたら、小さなくすくすという笑いが聞こえてきた。ポリーも楽しそうな顔で、私たちを見守っていた。



 美しい水色の蝶はどうやら屋敷の周囲にすみついているらしく、その日から毎日あちこちで見かけるようになった。庭を散歩しているかのようにふらふらと飛び回っていたり、畑のハーブの上で日向ぼっこをしていたり。

 庭仕事をしていると、頭に止まってくることもある。窓を開けていると、窓枠に止まることもある。しかし、屋敷の中には入ってこない。妙に礼儀正しい。

 私たちは自然と、今日は蝶があんなことをしていた、こんなことをしていたと、そんな話題で盛り上がるようになっていた。まるで、仲間の一員について語っているかのような、そんな感じだった。

 そして、蝶が現れてからしばらく経ったある日。

「こんにちは、少しお願いしたいことがあるのですが」

 そんな柔らかな声と共に、見知らぬ青年が屋敷を訪ねてきた。あの蝶を思わせるような、透き通るような美しさを備えた人だった。
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