捨てられ令嬢は田舎で新たな家族と夢をかなえることにします!
 その日は、ポリーのおいしいご飯をたらふくお腹に詰め込んで、古いけど清潔なベッドで朝までぐっすり眠った。おかげで、旅の疲れもきれいに吹き飛んだ。

 次の朝、軽い足取りで屋敷の裏手、南側に向かう。

 そこには見渡す限り一面の草原が広がっていた。しかしところどころにぽつんと古木が生えていたり、植木鉢っぽいものが雑草に埋もれていたりして、普通の草原とはちょっと違った姿を見せていた。

 実はここ、この屋敷の庭なのだ。ブルースが時折伸びた枝を切ったり、草をむしったりしてくれているけれど、彼は本職の庭師ではないので、それ以上の手入れは難しいのだとか。

 そのせいで、庭は見事に荒れまくっていた。周囲の草原と、ほとんど区別がつかないくらいに。たぶん元々は柵か何かがあったのだとは思うけれど、それも朽ちてしまったのか見当たらない。

「さて、それではさっそく取りかかりましょうか」

 うきうきと独り言をつぶやきながら、近くに置かれた大きな植木鉢に近づく。昔は何か植えられていたのだろうそこには、今はただ土が入っているだけだ。

 少し乾いた土に手を当てて、意識を集中する。植物が生え、育っていく様をイメージして……。

 すると、手のひらに何かが触れた。手を浮かせると、土の中から新芽が頭をのぞかせているのが見えた。

 私が手をゆっくりと引き上げていくと、それにつられるようにして新芽も伸びていく。細長い葉がたくさんついたみずみずしい茎が何本も伸び、やがてその先に小さな紫の花がびっしりと咲いた。

 清楚(せいそ)な花に顔を寄せると、優しい香りが鼻をくすぐる。ラベンダーの花だ。

「タンポポ以外を生やしたのは、久しぶりね……」

 これが、亡き母以外には内緒にしていた、私のギフトの真の力だ。手で触れたところに好きな植物を芽生えさせることができ、そのまま成長させることもできる。その気になれば、色々と利用も悪用もできる力だ。

 もっとも、制限も多い。どこでも好きな場所に芽生えさせることができるものの、土以外のところに生やした植物は、じきに枯れてしまう。

 それに、成長して花が咲いてしまったら、もうそれ以上育てることはできない。さらに、私の力で生やしたものではない植物については、そもそも手出しができない。

 それでも、素敵な力であることに変わりはない。知っている花であれば何でも生やせるのだから、その気になれば一面の花壇や謎めいた植物園なんかも作れてしまう。

 ちなみにこの世界にある植物は、だいたい前世の世界にあったものと同じだ。

 ただそれ以外に、妙にファンタジックなものもあるらしい。ぼんやりと光る草とか、風に吹かれると歌う花とか、そういった感じのものが。

 ギフトなんて不思議な力が存在するだけあって、この世界の植物もちょっと変わっているようだった。

「……それにしても……素敵なところね」

 広い庭と、それを取り巻く草原。南向きで日当たりは十分、しかも庭のすぐそばに小川が流れている。

 昨日、この庭の存在を知って、私はすぐに決意した。ギフトを全力で活用して、素敵なお庭を作り上げよう、と。

 ここにいるのはポリーたち三人だけだし、ちょっとくらい好き勝手をしても、そう目立つこともないだろう。それに作物なんかをたくさん植えて、食料の足しにするのもありだ。余ったら、売ればお金になるだろうし。

「ああ、植え放題……最高の環境……前世の夢が、ようやくかないそう……」

 筋金入りの仕事人間だった前世の私が抱いていた、ひそかな夢。それがガーデニングだった。いつか広い庭付きの家を買って、思う存分植物を植えたいなと、そう思っていた。

 とはいえ、当時暮らしていたアパートでは、明るい窓辺に小さな鉢を置くのが精いっぱいだった。でも環境が悪かったのか、私の世話が下手だったのか、やがてそれらは全部枯れてしまった。

 けれど今なら、きっとできる。場所もある、ギフトもある。これなら、ずっと夢見ていた素敵な庭を作り上げられる。ああ、最高の気分。

 春のそよ風に揺れるラベンダーをもう一度笑顔で眺め、それからまた周囲に目を向ける。と、すぐ近くの草むらの中に、列になって置かれたレンガが見えた。たぶんあそこは、元花壇ね。次はあれを作り変えてみましょうか。

 花壇のそばにかがみ込み、大雑把に雑草を抜きながら考える。

「一番奥に、背の高い木……この辺は温暖だから、オリーブもいいかもね。おしゃれだし、ピクルスにしたらおいしいし」

 そうつぶやいて、オリーブの木を数本、花壇の奥に並べて生やす。

「その手前に、中くらいの草木を……そうね、ローズマリーが似合いそう」

 笑いながら、ローズマリーの茂みをどんどんこしらえていく。小さな青い花をつけた茂みは、軽く触れるだけでふわんといい香りを漂わせる。ジャガイモと和えてもいいし、鶏肉のソテーにもぴったりだ。

「そうだ。ここ、キッチンガーデンにしてみようかしら」

 食べられるものばかりをまとめて植えた、見た目と実用性を兼ね備えた花壇。いいかも、それ。

 そうと決めてからはさらにせっせと手を動かして、次々と植物を植えていった。

 もさもさとしたパセリ、細いネギみたいなチャイブ。ぎざぎざしたホウレンソウみたいなルッコラ。みんな独特の香りがあるので、サラダに加えると面白い。

 なんだか全体に緑色になってしまったので、彩りを添えるためにナスタチウムをさらに追加した。丸い葉っぱと鮮やかな黄色や赤の花が、とっても可愛い草だ。薄くひらひらした五枚の花びらを備えた花やつぼみ、それに葉っぱも、そのまま食べられる。

「初めて……にしては、いい感じかも!」

 それぞれの植物が育っていくことを見越して、今はわざと植物同士の隙間を空けてある。いずれ、いい感じにまとまってくれるだろう。

 胸を張って立ち、満足しながら真新しい花壇を見渡す。

「おお、見事だなぁ」

 と、後ろからそんな声がした。振り向いた先には、大きなほうきを持ったブルースがいる。彼は弾んだ足取りでこちらに近づくと、かがみ込んでまじまじと花壇を見つめた。

「いつの間にこんなもんができたんだ? もしかして、ご主人様はギフトを使えるのかぁ?」

 目を輝かせて、ブルースが首をかしげている。あ、いけない。そういえば私のギフトについて、何も説明していなかった。早く庭に出たいと、そればかり考えていたせいで。

「ええ、そうよ。植物を生やせるの。詳細は……昼食の時にでも話すわ」

 どうせなら、三人まとめて説明したほうが早い。それはそうとして、せっかくだから彼の意見も聞いてみよう。

「ねえブルース、他にも花壇を作ってみようと思っているのだけれど、こういったものがいいなとか、そういうのはある?」

「花壇……俺、あんまり草とかの区別はつかねえからなぁ……」

 それでも彼は、真面目に考えてくれている。ごつい顔をきりりと引きしめている様は、中々に微笑ましい。

「そうだ、食べられる実がたくさんある花壇がいいな。食ってもいいし、鳥もたくさん来るからなぁ」

「分かったわ、手伝って!」

 そうして二人で、隣の花壇の前に移動した。手分けして雑草をむしり、ブルースがざっと地面を耕す。それからさっきと同じ要領で、背の高いものから順に生やしていく。

 まずは背の高いリンゴの木を奥に一本、その手前にレモンとオレンジ。グミやラズベリーの小ぶりな茂みを植え込んだら、一番前にイチゴの苗をずらりと並べて植える。ちょっと地味だけれど、優しい雰囲気の花壇ができた。

「よし、完成よ。そのうち花が咲いて、実がなるわ」

「うわあ、すげえなぁ……ご主人様が地面に手を当てたら、ばあっと木が生えてきて……」

 はしゃいだ様子で語るブルースの後ろのほうから、今度は小さな叫び声が聞こえてきた。

「きゃあ! お、お庭が……」

 驚きもあらわに、ステイシーが駆け寄ってきた。やはりきらきらとした目で、目の前の花壇をじっと見つめている。

「今朝まで、何もなかったのに……」

 うっとりとため息をついている彼女に近づいて、声をかける。

「ギフトの練習がてら、花壇を整えてみたの」

「お姉様、ギフトが使えるんですか……!」

 ステイシーが尊敬のまなざしで、私をまっすぐに見つめる。それから、はっとした顔になった。

「……あ、わたし、お姉様を呼びにきたんでした……その、お昼ご飯が、できたので……」

「おお、もうそんな時間かぁ。花壇に夢中で忘れてたけど、確かに腹減ったなぁ」

 急に空腹に気づいたのか、ブルースがお腹を押さえて息を吐く。

「それじゃあ、行きましょうか。今日のお昼、何かしらね。楽しみだわ」

 そんな二人に呼びかけて、食堂に向かって歩き出す。三人でお喋(しゃべ)りしながら、時折花壇のほうを笑顔で振り返りつつ。
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