契約外の初夜で、女嫌い弁護士は独占愛を解き放つ~ママになっても愛し尽くされています~
「婚約者の辻山那湖です」


 紹介されるたび、「はじめまして」や「よろしくお願いいたします」、「侑李さんがお世話になっています」といった定型文を繰り返す。
 私のことを訊かれる時もあったけれど、質問のほとんどは彼へのもの。
 おかげで、必要以上に話さずに済んだことはありがたい。


 ただ、偽りの関係なのにここまで公にしてもいいのか……という不安は拭えない。
 だって、この会場にいる人たちから注目を浴びる中、侑李さんはずっと堂々と私を紹介しているから。


 同僚の弁護士、秘書やパラリーガルの方、VIPのクライアントに至るまで、本当に誰彼構わず「婚約者の那湖です」と言っている。
 その中には、先日の浅間さんもいた。
 侑李さんの本心がよくわからないことも私をますます困惑させるけれど、今はとにかくこの場を乗り切るしかない。


「次は所長に挨拶に行くから、頼むよ」
「はい」


 所長は、最初の挨拶の際に顔を見たから、ずっと気になっていた。
 常に多くの人に囲まれていたため、侑李さんも声をタイミングを見計らっていたのだろう。
 少し落ち着いたのか、ちょうど所長の周囲から人が引けそうな感じだった。
 侑李さんのことだから、きっと様子を窺って頃合いを見計らっていたに違いない。


「ボス、お疲れ様です」


 所長を『ボス』と呼んでいることを知らなかった私は、彼らしくない呼び方を少しだけおかしく感じてしまう。
 もっとも、それも数秒のことですぐに緊張感に包まれた。

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