こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。
宿命と使命のその死の香り
「龍の護軍における屈指の戦士である君に前々から聞きたかったのですが、シオン嬢の強さは如何でしょうか? 僕のいない時に稀に稽古を一緒にしていたようですけれど」
ルーゲンの声に呼び戻されジーナの意識は龍の間の通路に戻った。
「初太刀の一撃だがあれを初見で避けるのはかなり難しいかと」
「おぉあれを見ましたか流石です。僕が見る限りあれを避けたものはいません。撤退戦の最中も追手を倒したのもほとんどその初撃によりものでした。全精力を込める必殺の一撃。実はというと龍の騎士は代々この剣技の達人でして、これを完璧にマスターしているシオン嬢は正真正銘の後継者といえますが……」
ルーゲンが言葉を切るとあたりには静寂さが取り囲んだ。足音も消え呼吸音も聞こえない。ここは無音の国。
音を吸収させる材質でも使っているのかと疑わせるほどに辺りからは音が殺され、生まれ聞こえるのは心の声。
話してくれルーゲン師とジーナは口を開きたかった。いま、自分は、心の声を聞きたくはないのだ。
「それにしてもよく見られましたね」
うるさいほどの心の声はその小声で以って圧殺された。
「シオン嬢はこれは危険な剣技だから絶対に倒す必要がある敵以外には使わないと言っていたのに。今のお話ではそれは模擬稽古ではなくかなり本気の実戦形式のものですね」
形式どころかあれは実戦であり、そうだあの時の私は倒す必要のある敵……龍の敵であった。
「君でしたから見られたのですか」
「私だからこそ見られたのです。その時はこの心臓の寸前で止めてくれた」
「ほぉ……気を悪くするかもしれませんが、シオン嬢の勝ちですね」
そう負けであり、あのまま貫かれていれば……そうではない
「違う」
それは心の声か口の声か分からぬままジーナはルーゲンに言った。
「私は負けて死ぬわけにはいかない」
会話になっていない流れだとジーナは思うもルーゲンは正しい方へ解釈をし直した。
「死ななければ負けではない、と。それもまた正しいですね。ということは次は避けられるということですがお気を付けください。少ないものの何度か初撃を外したことがありますけれどシオン嬢は敵の反撃の前に二撃目を放てます。それをかわしたらシオン嬢は敗北は決定的だけれども……未だにそのような敵は現れたことがありませんがね」
なら先手を取らせずに後手にすればいい、とジーナはソグの龍の間に通じる廊下を思い浮かべた。
彼女が龍の騎士である以上自分の前に立ちはだかる……と考えるのにジーナにはシオンに敵意というものがまるで感じず抱けなかった。
あの廊下の時もそうであり今もそうであり、おそらくはその未来も……それはもしかして、この先の龍で何もかもが終わるという予感なのでは?
「さて」
とルーゲンは錫杖を床に打ち付け鈴の音を激しく鳴らした。闇の中で閃光を放つかのような音色が光となったのか辺りが明るくなる。
「これは……!」
足が止まった瞬間にまるでいま目の前に誕生したかのような先の見えない階段が現れ、隊員達の呼吸音があたりに満ちた。
「ジーナ君は気づけないようですが、ここに近づくにつれて我々への束縛が更に重くなりました。このように隊員達は口がきけず耳も遠くになっています」
「そこまでとは。この状態で敵に会ったとしたら」
「逆に言えばここまで強くしていることは自分だけしかいないことを示していることでしょう。龍の力も大いに消費している。もし近衛兵を侍らせていたらこのような自滅的なことなどしません。いるのは例の龍の偽騎士ぐらいでしょう。これもいたらの話ですがね」
ジーナは階段の先の濃厚で黒く静かな闇を見つめた。静けさと闇が融け合いそこには果てもない無があり死が感じられ、鼻で闇を嗅ぐと懐かしい龍の血の臭いが入ってきた。宿命と使命のその死の香り。
「ルーゲン師……偽龍は怪我か、死に瀕しているのではないか?」
ジーナがそう言ってルーゲンを向くとその顔は無表情であるはずなのに歪んで見えた。
その大きさの違う左右の眼のように右側は笑顔で左側は泣き顔と、そんなはずがないというのにジーナにはそう見えたために瞬きをするとルーゲンの顔は悲しみの一色となっていた。
「そう感じますか。有り得ますね。捕虜からの情報では龍はずっとあの龍の間に引きこもり外にはでていないことです。どのような理由なのかは誰も知りませんでしたが、その理由も考えられましょう。しかし如何なる場合においても最後には手を掛けなければなりません」
「したくないということではないけれど、もしも瀕死状態で待てば自然死だとしてもか?」
「待つことはありません、討ちましょう。死んでいたとしても剣で刺さなければなりません。何故ならこれは龍を元に戻すための儀式なのですから。あるべきところにあるべきものが戻る儀式には、あるべきところに座ったあるべからざるものの消失がなければなりません」
「戻すというが交代というのでは?」
「違います」
聞いたことのないルーゲンの荒々しい声にジーナの足が後ずさりする。
「交代もなにも、偽龍などというものがいたということがこの世から消えてなくなるのです。ジーナ君。この先我々の記憶から偽龍の存在は消える。はじめからいなかった時のようにです。かつての龍の内乱の時も元々いた龍の記録も記憶も失われている理由はそれであり、真の龍が中央に座ることはそういうことです。それがこの世界の理なのです。あっ……申し訳ありません大声を出してしまって」
「いえ、構いません」
と言いながらジーナは再度ルーゲンを見る、見て、今まで抱き続けてきた疑問が噴き出した……この人はいったいどこまで知っているのだろうか。
世界のことを、龍のことを、自分のことを。
自分の想像以上にこの人は、知っているのではないのか。
「しかしそれは我々龍の信徒だけの話であって、そうではない君だけは覚えているかもしれませんね。偽龍のことやそれに関することも。それはとても罪深いことになるかもしれませんが。では、休憩を終えてそろそろ昇りましょう。散々お喋りをしましたがここから先は会話は必要最低限でいきます。正直なところ僕自身も辛くなってきました。階段の段数もかなりあります。一段上がるごとに重圧が増していくでしょう。それが龍の力であり同時にそれが龍に対する罪の重さというものかもしれません」
龍を討つことへの罪深さか、とジーナは内心で笑う。だからどうしたというのか。私に通用しないのなら、何の意味があるというのか。
だからジーナは気軽に足を階段に乗せ、一段目を昇る。当然何も感じなどしなかった。龍の重さも気も、このお前を討つものには通用しない。
第二隊は天へと向かうように階段を昇り続けた。前方には何も気配は無く後方からも誰も追っては来ない。
挟み撃ちの可能性は無いと見るもジーナは努めて自分の足音だけを聞くことに徹した。そうしないとならない。考えることはやめないといけない。違うものが心に向かって追いかけてくるのだから。
考えてはいけない。お前が考えてもなににもならない。世界はお前の思考の外にある……けれども自分は龍を討つものなのだ。
この印はそのためのものであり、そのために砂漠を越え、そのために戦い続けた。
ただ龍を討つために。一頭の龍を討つために。あらゆる犠牲を払ってでもそれを成し遂げるために……本当にそれだけなのか?
「ルーゲン師。答えられないなら答えなくていいが、今は半分ぐらいなのか?」
考えることから逃げたいジーナはルーゲンに聞いたものの、声は返ってこなかった。
あのルーゲン師が無言になるとは、そこまで辛いのだろう。
この重圧のなかにおいて余裕なのは龍といるのならば龍の騎士に、そしてこの……龍を討つもの。
お前はどうして龍を討つのだ? とジーナは自分でなく、その称号に尋ねたい気持ちが生まれた。
あまりにも当たり前すぎることであるために生まれなかったその心。ジーナは焦った、今そんなことを思うな考えるな生まれるな。
その答えを見つけたとしたらそれはきっと……使命を果たせなくなってしまう、はずだ。
「半分は過ぎたでしょうが、不明です。僕自身も実際には昇ったことがありません。照明のもと下から見て上の階段の切れ目を眺めただけですから。元のソグの皇女もシオン嬢もこの階段の先は言ったことがありません。あの龍の間に入れるのはごく一部の女官に龍の側近ぐらいです。こちらでは元側近マイラ卿ぐらいでしょう。距離と聞きましたがこの重圧の下ではかなり遠くまだあります」
苦しいながらルーゲンがそう答えるとジーナは礼を言い、彼らとは違う不安に襲われた。
まだあるといういうことは、考える時間が増えるということ。
龍がもしも……駄目だ考えるな。希望はある、だが全てを受け入れなくてはならない。
違うことを、違うこと……そう手紙のことだ。ヘイムに送る報告のための。
ルーゲンの声に呼び戻されジーナの意識は龍の間の通路に戻った。
「初太刀の一撃だがあれを初見で避けるのはかなり難しいかと」
「おぉあれを見ましたか流石です。僕が見る限りあれを避けたものはいません。撤退戦の最中も追手を倒したのもほとんどその初撃によりものでした。全精力を込める必殺の一撃。実はというと龍の騎士は代々この剣技の達人でして、これを完璧にマスターしているシオン嬢は正真正銘の後継者といえますが……」
ルーゲンが言葉を切るとあたりには静寂さが取り囲んだ。足音も消え呼吸音も聞こえない。ここは無音の国。
音を吸収させる材質でも使っているのかと疑わせるほどに辺りからは音が殺され、生まれ聞こえるのは心の声。
話してくれルーゲン師とジーナは口を開きたかった。いま、自分は、心の声を聞きたくはないのだ。
「それにしてもよく見られましたね」
うるさいほどの心の声はその小声で以って圧殺された。
「シオン嬢はこれは危険な剣技だから絶対に倒す必要がある敵以外には使わないと言っていたのに。今のお話ではそれは模擬稽古ではなくかなり本気の実戦形式のものですね」
形式どころかあれは実戦であり、そうだあの時の私は倒す必要のある敵……龍の敵であった。
「君でしたから見られたのですか」
「私だからこそ見られたのです。その時はこの心臓の寸前で止めてくれた」
「ほぉ……気を悪くするかもしれませんが、シオン嬢の勝ちですね」
そう負けであり、あのまま貫かれていれば……そうではない
「違う」
それは心の声か口の声か分からぬままジーナはルーゲンに言った。
「私は負けて死ぬわけにはいかない」
会話になっていない流れだとジーナは思うもルーゲンは正しい方へ解釈をし直した。
「死ななければ負けではない、と。それもまた正しいですね。ということは次は避けられるということですがお気を付けください。少ないものの何度か初撃を外したことがありますけれどシオン嬢は敵の反撃の前に二撃目を放てます。それをかわしたらシオン嬢は敗北は決定的だけれども……未だにそのような敵は現れたことがありませんがね」
なら先手を取らせずに後手にすればいい、とジーナはソグの龍の間に通じる廊下を思い浮かべた。
彼女が龍の騎士である以上自分の前に立ちはだかる……と考えるのにジーナにはシオンに敵意というものがまるで感じず抱けなかった。
あの廊下の時もそうであり今もそうであり、おそらくはその未来も……それはもしかして、この先の龍で何もかもが終わるという予感なのでは?
「さて」
とルーゲンは錫杖を床に打ち付け鈴の音を激しく鳴らした。闇の中で閃光を放つかのような音色が光となったのか辺りが明るくなる。
「これは……!」
足が止まった瞬間にまるでいま目の前に誕生したかのような先の見えない階段が現れ、隊員達の呼吸音があたりに満ちた。
「ジーナ君は気づけないようですが、ここに近づくにつれて我々への束縛が更に重くなりました。このように隊員達は口がきけず耳も遠くになっています」
「そこまでとは。この状態で敵に会ったとしたら」
「逆に言えばここまで強くしていることは自分だけしかいないことを示していることでしょう。龍の力も大いに消費している。もし近衛兵を侍らせていたらこのような自滅的なことなどしません。いるのは例の龍の偽騎士ぐらいでしょう。これもいたらの話ですがね」
ジーナは階段の先の濃厚で黒く静かな闇を見つめた。静けさと闇が融け合いそこには果てもない無があり死が感じられ、鼻で闇を嗅ぐと懐かしい龍の血の臭いが入ってきた。宿命と使命のその死の香り。
「ルーゲン師……偽龍は怪我か、死に瀕しているのではないか?」
ジーナがそう言ってルーゲンを向くとその顔は無表情であるはずなのに歪んで見えた。
その大きさの違う左右の眼のように右側は笑顔で左側は泣き顔と、そんなはずがないというのにジーナにはそう見えたために瞬きをするとルーゲンの顔は悲しみの一色となっていた。
「そう感じますか。有り得ますね。捕虜からの情報では龍はずっとあの龍の間に引きこもり外にはでていないことです。どのような理由なのかは誰も知りませんでしたが、その理由も考えられましょう。しかし如何なる場合においても最後には手を掛けなければなりません」
「したくないということではないけれど、もしも瀕死状態で待てば自然死だとしてもか?」
「待つことはありません、討ちましょう。死んでいたとしても剣で刺さなければなりません。何故ならこれは龍を元に戻すための儀式なのですから。あるべきところにあるべきものが戻る儀式には、あるべきところに座ったあるべからざるものの消失がなければなりません」
「戻すというが交代というのでは?」
「違います」
聞いたことのないルーゲンの荒々しい声にジーナの足が後ずさりする。
「交代もなにも、偽龍などというものがいたということがこの世から消えてなくなるのです。ジーナ君。この先我々の記憶から偽龍の存在は消える。はじめからいなかった時のようにです。かつての龍の内乱の時も元々いた龍の記録も記憶も失われている理由はそれであり、真の龍が中央に座ることはそういうことです。それがこの世界の理なのです。あっ……申し訳ありません大声を出してしまって」
「いえ、構いません」
と言いながらジーナは再度ルーゲンを見る、見て、今まで抱き続けてきた疑問が噴き出した……この人はいったいどこまで知っているのだろうか。
世界のことを、龍のことを、自分のことを。
自分の想像以上にこの人は、知っているのではないのか。
「しかしそれは我々龍の信徒だけの話であって、そうではない君だけは覚えているかもしれませんね。偽龍のことやそれに関することも。それはとても罪深いことになるかもしれませんが。では、休憩を終えてそろそろ昇りましょう。散々お喋りをしましたがここから先は会話は必要最低限でいきます。正直なところ僕自身も辛くなってきました。階段の段数もかなりあります。一段上がるごとに重圧が増していくでしょう。それが龍の力であり同時にそれが龍に対する罪の重さというものかもしれません」
龍を討つことへの罪深さか、とジーナは内心で笑う。だからどうしたというのか。私に通用しないのなら、何の意味があるというのか。
だからジーナは気軽に足を階段に乗せ、一段目を昇る。当然何も感じなどしなかった。龍の重さも気も、このお前を討つものには通用しない。
第二隊は天へと向かうように階段を昇り続けた。前方には何も気配は無く後方からも誰も追っては来ない。
挟み撃ちの可能性は無いと見るもジーナは努めて自分の足音だけを聞くことに徹した。そうしないとならない。考えることはやめないといけない。違うものが心に向かって追いかけてくるのだから。
考えてはいけない。お前が考えてもなににもならない。世界はお前の思考の外にある……けれども自分は龍を討つものなのだ。
この印はそのためのものであり、そのために砂漠を越え、そのために戦い続けた。
ただ龍を討つために。一頭の龍を討つために。あらゆる犠牲を払ってでもそれを成し遂げるために……本当にそれだけなのか?
「ルーゲン師。答えられないなら答えなくていいが、今は半分ぐらいなのか?」
考えることから逃げたいジーナはルーゲンに聞いたものの、声は返ってこなかった。
あのルーゲン師が無言になるとは、そこまで辛いのだろう。
この重圧のなかにおいて余裕なのは龍といるのならば龍の騎士に、そしてこの……龍を討つもの。
お前はどうして龍を討つのだ? とジーナは自分でなく、その称号に尋ねたい気持ちが生まれた。
あまりにも当たり前すぎることであるために生まれなかったその心。ジーナは焦った、今そんなことを思うな考えるな生まれるな。
その答えを見つけたとしたらそれはきっと……使命を果たせなくなってしまう、はずだ。
「半分は過ぎたでしょうが、不明です。僕自身も実際には昇ったことがありません。照明のもと下から見て上の階段の切れ目を眺めただけですから。元のソグの皇女もシオン嬢もこの階段の先は言ったことがありません。あの龍の間に入れるのはごく一部の女官に龍の側近ぐらいです。こちらでは元側近マイラ卿ぐらいでしょう。距離と聞きましたがこの重圧の下ではかなり遠くまだあります」
苦しいながらルーゲンがそう答えるとジーナは礼を言い、彼らとは違う不安に襲われた。
まだあるといういうことは、考える時間が増えるということ。
龍がもしも……駄目だ考えるな。希望はある、だが全てを受け入れなくてはならない。
違うことを、違うこと……そう手紙のことだ。ヘイムに送る報告のための。