こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。
虹と龍と
一堂の間で大きな反応も歓声は上がらなかったがハイネはルーゲンの体内で弾け響き渡る雄叫びをとも聞いた気がした。
だが惜しい、とハイネはルーゲン程には喜ばなかった。
姉様はいま二つの選択肢を頭の中に思い浮かべる前に、決めたはずだ。
ジーナとルーゲンのどちらにすべきかをはっきりと心の中で並べててから、告げて欲しかった。
龍の婿とはルーゲンであると。ジーナではなくルーゲンだと、彼を明確に否定しその楔を打って貰いたかった。
そこまで望むのはいささか性急か? しかしこの人の場合は……
「ですがいまは未だ様子見です。聞いてください。この件が未決定のままここまで来たのには理由があります。それはヘイム様……龍身様の御意志がまだ統一されていないからなのです」
一同が場の中心に目を向けると龍身は無言のまま佇んだままであり、そこからは何の意思も感じられなかった。
「龍身様はこれまで一度として自ら進んで龍の婿は誰か? という話をなされたことはありません。これはルーゲン師を肯定も否定もしていないということであり、お二人もそういった言葉を直接聞いたことは無いはずです」
無かった、とハイネはこれまでのことを思い出し、またルーゲンも軽く頷いた。
「おそらく待たれているのです。龍化が完全となっていく時を。その時になにか変わる可能性があり、それを不完全ないま決めることを避けている、と私はそう推察しております。そうでありますからいまは時期尚早であり儀式を経てから……」
シオンはそう結論付けようとすると、言葉を切った。ハイネも同様に、また見る余裕はないがルーゲンもそうであろう。
龍身は左掌を開き胸の前まで上げている。それは待て、か?
次の言葉を固唾を呑んで待つ一同は龍身の周りから虹色じみた不思議な光が浮かぶのを見た。
これは、と皆が元から動くつもりはないものの身体が痺れたようになり、その輝きの揺めきを見る他なかった。
龍の光、とハイネはその伝承が記憶の中で再生される。『虹とは龍が水を飲みに来る現象である』と。
龍が、来る。いや来てはいるのだ。ただ現れていないだけ。その身体の中に入り、一つとなる約束の時を待っている。
するとこの七色の光はその前兆ということなのか? しかもそれがシオン様の言葉を手で制し止めたということは、つまりは……ここでルーゲン師を。
誰も急かすことができず龍身の左掌の動きにその瞼は閉じられているが開く動きを見せている口元に注目が集まり待つその最中、何かがその横を動く気配があった。龍身の右手が動いている? ハイネはその微かな動きの意味が分からなかった。
いま龍身は左掌に全神経を集中させているはずであるのにその右手の意味とはいったい?
ハイネは目の片隅でその右手の動きを追うとその先にはコップがあった。いま飲むというのか?
徐々にその右手は机の上を這いようやくコップに辿り着き持ち上げようとするも、動かない?
いや、動いてはいる。見つめなければ分からないほどに小さく、徐々にではあるが上がっている。
そんなに苦労してまで飲もうとする意志とは何であるのか? ハイネは分からないまま見ていると、それは止まった。
机の上をほんの少しだけ持ち上げられたカップがそれが限界なのだろうか? 止ったからには落ちるだけ。
堪えているようであるが、いったいそれが何に対しての抵抗なのだろうか? そのコップを机の上に置くことを拒む理由とは?
予想通りに、コップは落ち始めると同時に虹色の光の眩しさが増しハイネはそちらに目を向けると、風が頬を撫でたと同時に声が叩きつけられた。
「ヘイム様」
ジーナは動きヘイムのコップの底に手を当てていた。ハイネは止めようと手を出そうとするが、動かない。動けないのだ。
この虹色の光の中でハイネは二人の動きを見る他になく誰よりも近くで抗う術もなく、その目に焼き付ける他になかった。
ジーナがコップを持ち上げたのかそれともヘイムが持ち上げたのかそれとも二人なのか、どのみち手は上がりコップは口に運ばれていく。
その間に震えるコップの茶は零れ滴が机の上に落ちていく。数滴の大小四つの滴が落ちていくのをハイネは確認できた。
完全なる静けさの中で滴が机上にて弾け散る音が数度鳴る、それは何かが破壊され粉々になっていく響きであるように聞こえた。
上げられていた龍身の左掌がその零れ落ちた滴の上に力なく落ち散らばった滴に塗れてから、ようやく音が帰ってきたことに気づきハイネは瞬きをする。
すると虹色の輝きは消滅し見間違いかと指先で瞼を拭った。だが光は戻らず、見えるのはコップを口から離されるヘイムの姿だった。
その口元は零れた滴で汚れていたがジーナが指で拭いたその時、ハイネはヘイムの右目と視線が交差し、すぐに目を逸らした。
汚れた机の上を見ながらハイネはすぐに疑問を抱いた。合わせたのは、どっちだ? いやどっちでもいい問題は……
どんな目の色だった? それもどうでもいい。重要なのは何よりも重大なことは、どうして自分から目を逸らしたのか?
こちらにやましさなんてあるはずがないのに。
やましいという点では、この人は私よりも……いいや私どころか他の誰よりも、あらゆる全ての一切の何よりもやましい行いをしているというのに、反論の余地なく非難され糾弾されるべき存在に対して、一切の何でもなく他の誰でもないこの私が、何故あなたなんかに目を逸らさなければならないのだ。
ハイネは再びヘイムの方を見るがその眼は前を向き優しげな光に満ちており、その柔らかさの中で言った。
「あージーナご苦労ご苦労。だがハンカチぐらい持て。待て、あなたなんかにはこれで十分です、とか無礼な失言はせぬように黙っておれよ。っと、このようにもったいつけて何かを言おうとしているのだが、妾はシオンの言葉に同意する。それだけだ、それだけ。けれどもまぁ本人の口からそう宣言せんと格好がつかぬから、許せ」
みなは口を利けずにただヘイムの言葉を聞くしかなかった。
さっきまでの虹色の光に左掌の圧力、そして右手の動作と不可解さが支配したあの時と空間とはいったい何だったのか? そして何故ジーナだけが動けたのか?
ルーゲンは期待していた言葉と違っていたために呆然とし龍身を見続けていたが、ヘイムは左を向き右眼だけで以って彼を見た。
だからルーゲンは混乱をした。いま、眼の前にいるのは誰であるのか?
「ルーゲンよ」
その声では久しく聞き覚えのなかった言葉が放たれたためにルーゲンは返事ができなかった。どうして、それなのか。
「どうしたルーゲン。自分の名をど忘れしてしまったのか? まぁ、そなたのことであるからな。逆にそういうこともあろうに」
ヘイムが鼻で笑うとルーゲンは何かが繋がった感覚に捕らわれ、そのまま返事をした。
「いいえ、いくらなんでも自分の名前を忘れるはずがありません。いまのは恐らく龍身様が放たれた虹色の光の影響かと思われます。神秘なる龍の光、我々一同はそれによって心を一時的に失ってしまっただけであります」
「ほぉ、そのようなものが出ておったとは妾はちっとも気づかなんだな」
「お茶を飲むのに四苦八苦していましたからね」
ジーナが言った。
「ジーナは明日からハンカチを持参するように。持ってこぬと取りに戻らせるぞ」
怒るヘイムの右の拳はジーナの心臓の位置を叩くと、開き軽くそこを掌で包み離れるのはハイネだけは見逃さなかった。
「もしもいまのが龍化現象が起きたものの途中で止まったものだとしたら残念であったな。しかしこれで妾は常々抱いていた不安がより現実化してきたな。もしかしたらのぉルーゲンよ。この龍化は酷い難産になるやもしれぬ。この原因は恐らくは龍族の末席である妾には龍の血が薄いということであろう」
ルーゲンが首を振る。
「そのことにつきましては以前にもお話しましたように血の濃い薄いによる龍化の因果関係は不明であると。血の濃さとは龍族の継承順を明確にするための方便であり、長子と末子の間で龍の血の濃さに違いがあるかどうかは我々には分かりはしないのです」
「妾はそうは思わぬがな。なにはともあれ中断されずにいまもあのまま虹色の光が出続けられたら、まず間違いなくここで」
ヘイムは右手で以って茶の滴が未だ散らばる机上を指差した。
「龍となったであろうな」
シオンにルーゲンにハイネは身体が固まり息を呑むなかでジーナは机の上をどこから持ってきたのか布巾で拭きはじめる。
念入りな、力強いその動きに向かってヘイムは笑い出した。
「ハハハッ邪魔者さえいなければのぉ。おいそうだろ、ジーナ!」
声の響きに一同に戦慄が走るなか、呼ばれたそのものは反応せずに同じ動作を続けていた。
「そなたが妾に茶を飲ませたことで龍化が止まってしまったという可能性があったら、どうする? そうであった場合はどう責任を取るというのだ?もしやあれは故意でそれがお前の望みであるのか?」
問いに対しジーナはまだ答えず、机の上を拭き終わり布巾を畳み、膝の上に置いた。
緩慢に見えるその動作には澱みがなく清らかであるのがハイネにとって恐ろしく異様に感じるなか、ジーナは口を開いた。
「責任を取れと言われましたら、私はお祝いを致します」
ルーゲンが立つも、その服の袖をシオンが取り抑えた。
だが惜しい、とハイネはルーゲン程には喜ばなかった。
姉様はいま二つの選択肢を頭の中に思い浮かべる前に、決めたはずだ。
ジーナとルーゲンのどちらにすべきかをはっきりと心の中で並べててから、告げて欲しかった。
龍の婿とはルーゲンであると。ジーナではなくルーゲンだと、彼を明確に否定しその楔を打って貰いたかった。
そこまで望むのはいささか性急か? しかしこの人の場合は……
「ですがいまは未だ様子見です。聞いてください。この件が未決定のままここまで来たのには理由があります。それはヘイム様……龍身様の御意志がまだ統一されていないからなのです」
一同が場の中心に目を向けると龍身は無言のまま佇んだままであり、そこからは何の意思も感じられなかった。
「龍身様はこれまで一度として自ら進んで龍の婿は誰か? という話をなされたことはありません。これはルーゲン師を肯定も否定もしていないということであり、お二人もそういった言葉を直接聞いたことは無いはずです」
無かった、とハイネはこれまでのことを思い出し、またルーゲンも軽く頷いた。
「おそらく待たれているのです。龍化が完全となっていく時を。その時になにか変わる可能性があり、それを不完全ないま決めることを避けている、と私はそう推察しております。そうでありますからいまは時期尚早であり儀式を経てから……」
シオンはそう結論付けようとすると、言葉を切った。ハイネも同様に、また見る余裕はないがルーゲンもそうであろう。
龍身は左掌を開き胸の前まで上げている。それは待て、か?
次の言葉を固唾を呑んで待つ一同は龍身の周りから虹色じみた不思議な光が浮かぶのを見た。
これは、と皆が元から動くつもりはないものの身体が痺れたようになり、その輝きの揺めきを見る他なかった。
龍の光、とハイネはその伝承が記憶の中で再生される。『虹とは龍が水を飲みに来る現象である』と。
龍が、来る。いや来てはいるのだ。ただ現れていないだけ。その身体の中に入り、一つとなる約束の時を待っている。
するとこの七色の光はその前兆ということなのか? しかもそれがシオン様の言葉を手で制し止めたということは、つまりは……ここでルーゲン師を。
誰も急かすことができず龍身の左掌の動きにその瞼は閉じられているが開く動きを見せている口元に注目が集まり待つその最中、何かがその横を動く気配があった。龍身の右手が動いている? ハイネはその微かな動きの意味が分からなかった。
いま龍身は左掌に全神経を集中させているはずであるのにその右手の意味とはいったい?
ハイネは目の片隅でその右手の動きを追うとその先にはコップがあった。いま飲むというのか?
徐々にその右手は机の上を這いようやくコップに辿り着き持ち上げようとするも、動かない?
いや、動いてはいる。見つめなければ分からないほどに小さく、徐々にではあるが上がっている。
そんなに苦労してまで飲もうとする意志とは何であるのか? ハイネは分からないまま見ていると、それは止まった。
机の上をほんの少しだけ持ち上げられたカップがそれが限界なのだろうか? 止ったからには落ちるだけ。
堪えているようであるが、いったいそれが何に対しての抵抗なのだろうか? そのコップを机の上に置くことを拒む理由とは?
予想通りに、コップは落ち始めると同時に虹色の光の眩しさが増しハイネはそちらに目を向けると、風が頬を撫でたと同時に声が叩きつけられた。
「ヘイム様」
ジーナは動きヘイムのコップの底に手を当てていた。ハイネは止めようと手を出そうとするが、動かない。動けないのだ。
この虹色の光の中でハイネは二人の動きを見る他になく誰よりも近くで抗う術もなく、その目に焼き付ける他になかった。
ジーナがコップを持ち上げたのかそれともヘイムが持ち上げたのかそれとも二人なのか、どのみち手は上がりコップは口に運ばれていく。
その間に震えるコップの茶は零れ滴が机の上に落ちていく。数滴の大小四つの滴が落ちていくのをハイネは確認できた。
完全なる静けさの中で滴が机上にて弾け散る音が数度鳴る、それは何かが破壊され粉々になっていく響きであるように聞こえた。
上げられていた龍身の左掌がその零れ落ちた滴の上に力なく落ち散らばった滴に塗れてから、ようやく音が帰ってきたことに気づきハイネは瞬きをする。
すると虹色の輝きは消滅し見間違いかと指先で瞼を拭った。だが光は戻らず、見えるのはコップを口から離されるヘイムの姿だった。
その口元は零れた滴で汚れていたがジーナが指で拭いたその時、ハイネはヘイムの右目と視線が交差し、すぐに目を逸らした。
汚れた机の上を見ながらハイネはすぐに疑問を抱いた。合わせたのは、どっちだ? いやどっちでもいい問題は……
どんな目の色だった? それもどうでもいい。重要なのは何よりも重大なことは、どうして自分から目を逸らしたのか?
こちらにやましさなんてあるはずがないのに。
やましいという点では、この人は私よりも……いいや私どころか他の誰よりも、あらゆる全ての一切の何よりもやましい行いをしているというのに、反論の余地なく非難され糾弾されるべき存在に対して、一切の何でもなく他の誰でもないこの私が、何故あなたなんかに目を逸らさなければならないのだ。
ハイネは再びヘイムの方を見るがその眼は前を向き優しげな光に満ちており、その柔らかさの中で言った。
「あージーナご苦労ご苦労。だがハンカチぐらい持て。待て、あなたなんかにはこれで十分です、とか無礼な失言はせぬように黙っておれよ。っと、このようにもったいつけて何かを言おうとしているのだが、妾はシオンの言葉に同意する。それだけだ、それだけ。けれどもまぁ本人の口からそう宣言せんと格好がつかぬから、許せ」
みなは口を利けずにただヘイムの言葉を聞くしかなかった。
さっきまでの虹色の光に左掌の圧力、そして右手の動作と不可解さが支配したあの時と空間とはいったい何だったのか? そして何故ジーナだけが動けたのか?
ルーゲンは期待していた言葉と違っていたために呆然とし龍身を見続けていたが、ヘイムは左を向き右眼だけで以って彼を見た。
だからルーゲンは混乱をした。いま、眼の前にいるのは誰であるのか?
「ルーゲンよ」
その声では久しく聞き覚えのなかった言葉が放たれたためにルーゲンは返事ができなかった。どうして、それなのか。
「どうしたルーゲン。自分の名をど忘れしてしまったのか? まぁ、そなたのことであるからな。逆にそういうこともあろうに」
ヘイムが鼻で笑うとルーゲンは何かが繋がった感覚に捕らわれ、そのまま返事をした。
「いいえ、いくらなんでも自分の名前を忘れるはずがありません。いまのは恐らく龍身様が放たれた虹色の光の影響かと思われます。神秘なる龍の光、我々一同はそれによって心を一時的に失ってしまっただけであります」
「ほぉ、そのようなものが出ておったとは妾はちっとも気づかなんだな」
「お茶を飲むのに四苦八苦していましたからね」
ジーナが言った。
「ジーナは明日からハンカチを持参するように。持ってこぬと取りに戻らせるぞ」
怒るヘイムの右の拳はジーナの心臓の位置を叩くと、開き軽くそこを掌で包み離れるのはハイネだけは見逃さなかった。
「もしもいまのが龍化現象が起きたものの途中で止まったものだとしたら残念であったな。しかしこれで妾は常々抱いていた不安がより現実化してきたな。もしかしたらのぉルーゲンよ。この龍化は酷い難産になるやもしれぬ。この原因は恐らくは龍族の末席である妾には龍の血が薄いということであろう」
ルーゲンが首を振る。
「そのことにつきましては以前にもお話しましたように血の濃い薄いによる龍化の因果関係は不明であると。血の濃さとは龍族の継承順を明確にするための方便であり、長子と末子の間で龍の血の濃さに違いがあるかどうかは我々には分かりはしないのです」
「妾はそうは思わぬがな。なにはともあれ中断されずにいまもあのまま虹色の光が出続けられたら、まず間違いなくここで」
ヘイムは右手で以って茶の滴が未だ散らばる机上を指差した。
「龍となったであろうな」
シオンにルーゲンにハイネは身体が固まり息を呑むなかでジーナは机の上をどこから持ってきたのか布巾で拭きはじめる。
念入りな、力強いその動きに向かってヘイムは笑い出した。
「ハハハッ邪魔者さえいなければのぉ。おいそうだろ、ジーナ!」
声の響きに一同に戦慄が走るなか、呼ばれたそのものは反応せずに同じ動作を続けていた。
「そなたが妾に茶を飲ませたことで龍化が止まってしまったという可能性があったら、どうする? そうであった場合はどう責任を取るというのだ?もしやあれは故意でそれがお前の望みであるのか?」
問いに対しジーナはまだ答えず、机の上を拭き終わり布巾を畳み、膝の上に置いた。
緩慢に見えるその動作には澱みがなく清らかであるのがハイネにとって恐ろしく異様に感じるなか、ジーナは口を開いた。
「責任を取れと言われましたら、私はお祝いを致します」
ルーゲンが立つも、その服の袖をシオンが取り抑えた。