こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

錆色の瞳

 前の森だけを見ていたジーナの視界に指が現れた。

 そのハイネの左手の人差し指が伸び、緑の背景を歪ませる。

「でもたまに出てくるのですよ、言わばその牢獄の隙間からあなたの手が、いえ指が、いやその指先が。だから私はこうして何度か手を伸ばしそれに触れました、でもすぐにそれは消えてしまう。あなたは本当にごく稀に私の前にその顔を覗かせてくれます」

 そんなのはお前の勘違いだとジーナはハイネの指先を見ながら思っていると指は引っ込みまた緑のみの視界となる。

「他の人の前ではこうですし、私の前でもこうなのですよね。それがあなたです。ここにいるのに、確かにいるのに、触れさせも感じさせもしない、それがあなたです。あの聞き取り調査はその何よりの証拠です。あなたという抜け殻。魂の入っていない伽藍洞なもの。つまりは大切な心が、欠けているのです」

 ジーナは手を開いて閉じそれから強く握る。自分はここにいる、確かにここにいる。

 この女はいったい何を言っているのか? だが反発と同時に自身の心の欠落を思う。

 なにが、欠けているのか? だがそれであるからこそ私はハイネに……

「さっき言ったようにあなたは瞬間的にそれを私に触れ感じさせてくれ、すぐに閉じ籠る。心を許さない、それが私という存在があなたにとってそうなのでしょうね」

 そこで言葉を切りジーナはハイネの呼吸を止める音を聞き、それから沈黙も聞こえた。

 言葉を発せずハイネは黙るその数秒にジーナは胸苦しさを覚える呼吸することをできるだけやめた。

 次にくる言葉は予期しないものであるもきっと想いの塊であると覚悟して……ハイネの二度目の呼吸音が聞こえジーナも息を吸った。来る。

「でもそうではない人もいます」
「そんなのはいない」
「います」

 言葉で胸倉を掴まれジーナは固まるがハイネはそのことについて何も言ってこない。

 ハイネも同様にこちらを見ていないのではないかとジーナは気付いた。

「いるから……私はここまで苦しむのですよ。あなたが繰り返し主張する龍に会いたいというのは、そういうことではありませんか?」

 どういうことなのか? とジーナはハイネの言葉が理解できない。思考することすら、拒みだしている。

「……そうです。龍に会うことによってあなたは自分を取り戻そうとしている。龍の前では自らを解放しその心をさらけ出せるのでしょう。あなたはそれを、望んでいる」

 どこまで、とジーナは自分の心臓を鼓動を聞きながら考える。

 ハイネはどこまで近づいているのか? どこまで迫っているのか?

「もっとはっきりと言わせてもらえば……言ってしまえば……龍、ではなくて……その……あの人」

 あの人、でジーナは誰であるのかすぐに分かった。そのあの人とは、

 一人しかいなく、そしてハイネはその名を呼ばない。

「……私は一部しか知りませんけれど、あなたはあの人の前だと、違う顔を見せるのでしょうね。あの人だってそう、私の前ではあなた同様に控えているのでしょう隠しているのでしょう。分かりますよ、それぐらいのことは。けどそれについてあなたとあの人は話し合って決めたのではなく、言葉ではなく目を合わせ意思を伝達させて決めたのでしょう。それなら嘘ではありませんからね、ふふっ。本当にお二人は仲の良い、いわば共犯といったところですよね」

 共犯? 共犯だと……そんなことはありえない……私にとってそれはありえない、とジーナの意思が身体よりも動く。

「何を言っているんだハイネ!」

 叫びと共に鎖が砕かれたのかジーナは右へ身体が向ける、ハイネもまた顔を向けていた。

「なんでそんな顔をしているのですか?」

 自分はいまどんな顔をしているのか? とジーナはヘイネの顔を見つめながら思う。

 そこには蒼白な顔色に弱々しく息を吐き震える紅を引いた唇、その眼はジーナの見覚えのない暗い赤色で濁り染まっていた。

 突然ジーナは胸に謎の痛みを感じた。この痛みとハイネの痛みの原因が私だとしたら……

「どうしてそんな顔をするのですか?」

 ハイネはまた問い、鼻で笑った。

「あなたがこうさせている癖に。その自覚すらずっとないんですよね、あなたっていう人は。そう、自覚が無い。誰もかれも自分の瞳をいつでも見れるわけありませんからね」

 その錆色のような赤い両の瞳がジーナを覗き込んで来た。

「分かりませんよね? そうですよあなたは、あなたは、あの人の話となると目の色が変わります。私はいつもそれを見ていましたからね。その度に感じるものです、私の時との違いを。はい、一方であなたは私に対してはそんな眼の色ばかり向けて来る……あなたにとっての私はそういうもの。だからあの人は特別、何よりも優先させ、いまみたいに触れると怒鳴って凄んでくる。ねぇジーナ。あなたはそんな人が他にいます? いませんよね。あなたがそうなるのはこの世界でたった一人です。しかもそれが何を意味するのかを、あなたは知らない」

 知らない? と思いながらジーナはハイネの苦しげな表情を見るだけであった。

 そんなことはないとジーナは意味を思う。ヘイムは龍となるものであり、龍となった時に私は……だから……だから私は……あれ繋がらない?

「まぁそうなるのも無理はありませんよね。だってあの人は、あなたのことを深く知っているから。私よりもずっと……それにあなただってそれにせいで私よりも多くのものを見せているはずで……」

「ハイネだって私のことを知っているだろ。長い付き合いだし」

「私が言っているのはそういうことじゃない」

 重く冷たい声がハイネの口から出るのを聞くとジーナははじめて自分の手がハイネに掴まれていることを感じ取った。

「あの人とあなたの間には私達のような壁が無いのです。違うと言わないでください。私には分かる……私だからこそ分かるというものがあるのです。馬鹿にしないで。あなたはできればこう手を伸ばしあの人の掌に自らの掌を当て、中に入っていきたいと思っているはずです」

 ハイネの掴む力をジーナは右手に感じるも当然入ってくるはずもなく、抵抗され皮膚の外側にあるだけであった。

「会いたいのですよねあの人に」

 反応が掌越しにハイネに聞こえただろうなとジーナは口を閉じた。なら答える必要は、ない。

「龍となった直後に会いたいのですよね? そのチャンスは一度きりですから、あなたは抗おうとしている。あらゆるもの全てを犠牲にしてでもそれは行うに値する、とあなたは信じている」

 ハイネの手の力がまた強くなっているのをジーナは感じるも、なんて無駄なことをとしか思うしかなかった。

 どれだけ強く握っても痛みを与えても、中に入ることなどできないというのに。

 そのことは本人でも分かっているというのに……

「そんなことは私がさせない」
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